« 2009年9月 | メイン | 2009年11月 »

2009年10月

2009年10月29日 (木)

北方謙三 「望郷の道」

※2008年10月22日 (水)の日記再掲

 

********* 

 

うちは日経新聞を取っている。

経済の紙面が充実しているのは言うまでもないが

日経は文化面もなかなかレベルが高い。

 

朝刊の連続小説、北方謙三さんの「望郷の道」が完結し、

先日、朝刊の文化面エッセイで北方さんのあとがきが掲載された。

 

物語のモデルは北方さんご自身の曽祖父なのだそうだ。

 

「人の心を揺り動かすような、男と女を描いてみせます」

そうご先祖に誓って、この小説を書かれたとのこと。

まさに、その通り。

主人公「正太」は、男も惚れる男、人の心を惹きつける魅力のある人物だ。

 

頭がいい。

度胸がある。

物事の本質を見つめる目を持っている。

本当の優しさ、人を思いやることを知っている。

 

もちろん、欠点もある。

自分で計画を立て、突っ走っていくのはいいが、かなり盲目的になる傾向がある。

そのため、殺人を犯してしまいそうにまでなってしまう。

お金に細かい面は、時々ケチな短所としても描かれていたし、

一時、浮気をしていたくだりもあった。(これはあまりにも色気のない物語だったのでサービスに挿入したようにも感じたが)

 

完璧な人間ではない。

とてもとても努力し、考え、行動し、

何もないところからいろいろなものを手に入れていった軌跡が描かれている。

 

正太の奥さんも、とてもカッコイイ女性として魅力たっぷり。

夫に寄り添い、支え、それだけでなく、自ら動き、

女性の視点から、正太には気づかない部分を補佐し、共に会社経営を、人生を歩む。

 

明治中期の話だが、奥さんが家の女将で、正太は婿養子ということもあり

女性も同等に権利、義務を持つ立場となっているので

現在の会社経営に通じる内容が描かれる。

 

登場人物の人間的魅力、

そして、逆境に負けず、工夫し努力する姿で、読者の心をつかみ読ませていく。

 

奥さんが正太と桜吹雪の中で出会ったシーンは、

奥さんの忘れられない思い出として何度か繰り返し出てくる。

厚い仁義を重んじる本物の侠客。

潔さ、華やかさを桜吹雪が香り立たせ、読者にとっても印象の強いシーンだ。

主人公のカッコよさが、ググッと際立つ。

 

物語の後半の舞台は台湾だが、

読者は戦後の台湾が日本の統治から解放されることを知っている。

大阪に大きな新工場を作るシーンも出てくるが、

第二次世界大戦末期に大阪は大空襲を二度にわたって受けており

この工場がどこに建てられたかはわからないが、おそらくは消失したのではないかと

なんとなくわかってしまう。

 

会社を興し、盛り立てていく場面で、そういう未来が見えるのがちょっと悲しい。

でも、その時を生きていた人達は、その時点での先の見通しでもって

いろんなことを考え、最大限の努力を尽くす。

それは、私達だってそうだ。

少し未来の人から見たら、「ああ、なんてことを」と思われることでも

わからずに、ただ精一杯生きているだけだ。

  

事件を起こし九州から所払い(追放)された主人公が、台湾に渡り

やがて事業を成功させ、

所払いを解かれ、故郷へ戻る・・・その軌跡を描いた物語。

熱くて濃いけれど、さらりとスマートなのは、

一本、筋の通ったものが芯に、しっかりとあるからだろう。

一生懸命に生きることはカッコイイことを感じさせてくれる話だった。

夏目漱石「こころ」はBLか?検証感想文

※「感想文」検索で来て下さった方、ありがとうございます!

 「高得点狙いの読書感想文の書き方」アップしました。ご参考に☆

※2009年6月10日 (水)の日記再掲

 

************

 

夏目漱石の「こころ」は、高校の教科書に載っている。

昨年高2だった長女が授業で「こころ」を習っていた時に

「おかあさん、読んだことある? 複雑な話や・・・・何とも言えん。」と漏らしていた。

 

そして先日、友人のブログに「こころ」はBLの走り?的な日記を見、

・・・ええっ??「こころ」ってそんな話だったの??と、非常に不純な動機で読み始め

朝から一日かけて「こころ」を読破した。

 

すると、確かに

「え・・ぇっ??」って箇所は多い。

主人公「私」(高校生・男子)が「先生」(年齢不詳・既婚・男性)を鎌倉の海(由比ガ浜)で見かけ、

翌日も、更にその翌日も、出会った同じ時間に海へ行き、

先生を見つけると、後をつけて泳ぐ・・・。

・・・海辺での出会いだから当然だか、男達は皆、半裸。

しかも明治時代のこと。水着はなく、猿股の下着一枚の姿ってのが・・・

映像にして思い浮かべると、かなり赤面。。。(なぜ思い浮かべる???)

そして、なんだかんだで知り合いとなり、月に3回は先生のお宅へ遊びに行く、という関係に。

高校卒業前から大学卒業までの期間、週一ペースで先生に会いに行っていたわけで・・・

 

正直、ちょ~~~~っと、どうなん??って気はする。

しかも、「私」は大学を卒業する年になっても、恋をしたことがない。

 

上野にお花見に行ったシーン(上 先生と私 十二)の

先生と私の会話は、なんだかドキドキさせられる。

 

「しかし・・・しかし君、恋は罪悪ですよ。解っていますか」

 

・・・なんという色気のあるセリフでしょう!

しかも、先生は人のいない森の中に来てから私に

「異性と抱き合う順序として、まず同性の私の所へ動いて来たのです。」とまで言う。

このくだりで、もうBLって言われても仕方ないなぁ・・・と納得。

そもそも、男二人で桜の樹の下をお花見して散歩している絵だけで、それっぽいぞ~~

 

「私」は「恋とは違います」とはっきり答えるのだけど、

先生が「あなたに満足を与えられない」と言うと「変に悲しくなった」りする。

このあたりの気持ちの押し合い、引き合いが絶妙で、

さすが夏目漱石!としか言いようが無い。

「こころ」は新聞の連載小説だったわけだけど、こりゃ毎朝、ドキドキして読みますわ!!

 

でもね、本当のことを言うと、これが恋ではない恋慕であると、私にはわかるの。

私にも、そういう先生がいたから。

 

その先生のことがとっても好きで、先生の言葉は一つだって聞き逃したくなかった。

席は、いつも一番近くに陣取った。

少しでも先生の近くにいたかった。先生の魂に触れていたかった。

 

子どもから大人へなる19歳の年、

人生を生きていく大きな指針をくれた人。

年は、両親とほとんど変わらない。先生のほうが、ほんの少し若いだけだ。

 

もちろん恋愛感情ではない。大いなる尊敬と憧れの眼差しで先生を仰ぎ見ていた。

 

きっと、「私」もそういう気持ちだったんだろうなぁと思う。

 

でも、ここはあえて!

BLちっくに「こころ」を味わってみようじゃないか!!(ぇ??

 

「私」は先生の奥さんと二人で向かい合って話していても、美人の奥さんに全く「女」を感じていない。

・・・・当たり前のことかもしれないんだけどねぇ・・・・

 

(上 先生と私 八)の場面で

ほろ酔いで、少し上機嫌の先生が珍しく奥さんにも酌をする。

いい雰囲気で会話が続き、

「子供でもあると好いんですがね」と奥さんが漏らすと

「一人貰ってやろうか」と先生。

「貰ッ子じゃ、ねえあなた」と奥さんが私へ言うと

「子供はいつまで経ったってできっこないよ」と先生が言う。

黙る奥さん。私が「なぜです」と聞くと、「天罰だからさ」。

 

夫婦仲は悪くないけど、先生、奥さんを抱けないようだ。

それがなぜなのか、天罰とはどういうことかは、最後まで読めばわかる。

 

このやりとりから、奥さんはまだ子供を産もうと思えば産める年齢ではないかと推察する。

つまり、二十代後半~三十代前半ではないか。

先生と奥さんは、そんなに年齢差がない。

つまり、先生も30代くらいだと思う。

 

眼鏡をかけ厭世的な表情の和服の男性。

ツンデレで、しかも病んでて・・・・なんていいキャラクターでしょう☆

 

自分を慕う「私」がいつか、自分にガッカリし、復讐して来るのではないか、と常に心配している先生。

「私」は、なんでそんなことを言われるのかさえ、わからない。

それが先生の過去に関係していると気付き始め、郊外に二人で散歩した帰り道、

いつか、先生の過去を全て話してもらう約束をする。

 

そのシーン(三十一)も迫力のある緊迫した二人の会話が、・・・・素敵。

「私は死ぬ前にたった一人で好いから、他(ひと)を信用して死にたいと思っている。

 あなたはそのたった一人になれますか。なってくれますか。

 あなたははらの底から真面目ですか」

 

・・・・・これ以上の告白があるかしら、、、、

そして、先生はこの約束を守り、「私」に長い手紙をくれる。

 

その中身が(下 先生と遺書)の全文。

遺書なんだけど・・・・もしかしたら、先生はまだ生きていて、

「私」が止めることができたんじゃないか、と期待してしまう・・・。

 

学生時代の友人Kと先生も大変、仲がいい。

しかし、二人共お嬢さんを好きになってしまうことが話の軸になっているから

Kと先生の間のBLは私は感じることができない。

 

それよりも、お嬢さんの「なんでそこで笑うねん?」的なイミフ笑顔に

先生がイラッとくるというのがリアルだなぁ、と思う。

でも、それもKが来るまでは、全然気にならなかった、というのも更にリアル!

それまでは、お嬢さんが笑っている顔を見ているだけで幸せだったのよね、きっと。

それが、Kのおかげで嫉妬メラメラ。

 

(三十三)の段の

雨の日にKとお嬢さんが連れ立って歩いているのにすれ違うシーンは

読んでいても胸が苦しい。

激しい嫉妬に苦しんでいる先生にKがお嬢さんへの恋を打ち明けるのだから

ほんと、痛い・・・。

お嬢さんの態度も、嫉妬に燃える先生の目線で書かれていることもあって

Kのことが好きなのかな?とさえ思わせる微妙な感じ。

 

でも、先生からの結婚の申し出を母親から聞き、承諾したのは、きっと

先生のことが好きだったからに違いない。

Kへ特別な好意があったとは思えない。

 

お嬢さんにしてみたら、意識しない分、Kの方が話しやすかったのかもしれない

・・・だとしたら、とても罪な話だけど。

 

文豪・夏目漱石のすごいところは、

人物一人一人の心情のとても細かいひだまでを自然と描き出していること。

ものすごくリアルだ。

男性の気持ちはいうまでもなく、

未亡人である奥さんの細かい心理、

女学生のお嬢さんの無邪気な気持ち、

更には、

(中 両親と私)で描かれる、

母親が、病気の父親の意識がしっかりしている今のうちに就職を決めて安心させてやってほしい、という気持ち。

 

「私」が先生と両親を比べて、先生のほうが尊敬できる、両親は田舎くさい、と思う気持ち。

一つ一つが、なんでこんなに?と思うくらいリアルだ。

ものすごく引き出し多いなぁ・・・・。

 

教科書には、(下 先生と遺書)の一部分が掲載されているが、

できれば、そんなに長くないので全文通して読むといいと思う。

 

高校生の時に読むのと、

今、年月を経て読むのと、また感じ方が違う。

深く理解できる。

いい読書は、心に残るね。

一日で読み切るのは、ちょっとしんどかったけど

読んでみてよかったなぁ~

 

*******

 

「こころ」の感想文で悩み、検索で来てくれている方が、かなり多いようなので追記。

 

上記の感想で、あえて書かなかった「Kのついて」私の思うところを語ります。

 

「こころ」を読むと、Kはとても堅物の変わり者のような印象を受ける。

 

現在を生きる、私を含む全ての日本人に、どのくらい残っているだろうか?

「理想に生きる」

「志高く生きる」美徳。

美しく生きることの価値感。

 

・・・・そういう感覚は、とても古臭いものになっていないか?

サムライの武士道のように。

そう、侍の精神は

気高くいることが、自分を支える根幹だった。

 

しかし、現実問題、人生を生きていくには、時に泥水もかぶる。

道に迷うこともある。

そんな中、自分の中でプライドと現実に折り合いをつけながら生きていくのが、普通だ。

 

現在の中高生に、

修行僧のように孤高に、志高く生きていこうとするKの気持ちは、少しでも理解されるのだろうか?

 

私は小6の時に「気高く生きたい」と願い、

中学に入って、「現実」が見え、面食らった。

プライドを高く持ち過ぎていては、この世は生きにくい、と悟った。

自分の自尊心の程度を下げる・・・下げざるを得ない・・・・

無垢な魂が汚れるのを感じ、気分が落ち込んだ。

 

それは、大なり小なり、思春期に誰もが味わうことかもしれない。

 

Kは大学生の時点で、まだプライド高く生きていたのだから

なかなか生きつらいことが多かっただろうと思う。

 

今の世の中にKがいたとしたら、どうだろう?

かなり浮いた存在だろう。

「こころ」の明治時代でも、相当浮いているようではあるが。

 

きっちりきっちり生きていくのは、しんどい。

もっとずるく生きてもいいのだ。

でも、その「しんどい」ことをやっている(修行)しているKの姿を

先生は尊敬していたし、こいつにはかなわない、と感じていた。

 

Kの生き方は賢かったか?

自ら命を絶つなんて、やはり愚かとしか言えない。

自分が理想とする姿と、現実の自分の実態のズレを埋められなくて、苦しんだ。

 

他に、経済的にも八方塞、

長年の親友の裏切り、

いや、大切な親友の気持ちを自分こそが傷つけ、追い詰めいてたという事実、気付かなかった自分の愚かさ、

親友の気持ちを尊重できない自分のエゴ、

親友の追い詰められた末の裏切り行為を許せない自分の心の狭さへの辟易・・・

 

いろんな感情が怒涛のように渦を巻き、溢れ・・・・Kは自分で自分を罰し、滅することを選んだのだろう。

 

自殺者は大抵、「自分がいなくなることが最良の解決策」と思い込み、事を図る。

思い込む時点で、既に精神を病んでいるわけで、

無論、実際、自殺は大変迷惑で、「最良の解決策」などでは、全く無い。

死んだら負けよ。

汚水をかぶっても、歯を食いしばって生きてりゃ、なんとかなる。

 

先生はKの自殺によって、心に重荷を負った。

自分のせいで、という気持ちや、ずるい自分を恥じる気持ちが、複雑に絡みついて、

先生は身動きできなくなってしまっている。

 

それは、Kが望んだことではないだろう。・・・たぶん。

 

自殺の際、先生との部屋の間仕切りの襖が少し、開いていたのは

きっと、第一発見者は先生であって欲しかったからだろう。

 

奥さんやお嬢さんを驚かしたくなかったのかもしれない。

 

でも、本当にそう思うなら、なぜお嬢さんたちと同居の家の自室で自殺するのか。

先生とお嬢さんの将来を願うなら、そっと出て行き、人知れず、命を絶った方がいいはずだ。

・・・・・そこまでの配慮ができるくらいの冷静さがあったら、自殺なんてしないのかもなぁ。。。

 

Kは、あるいは・・・

何かが違っていれば、優秀な頭脳と才能を生かし、

社会の役に立つ人間になっていたんじゃないだろうか。

会社員であっても、仕事ができそうな気がする。

ただ、あまり堅物では、社内での人間関係が上手く行かなくて、ちょっと大変かもしれないけど・・・。

でも、人としての芯をまっすぐに持っている姿勢は、いつの世でも

どんな世界でも大切だから、

もしもKがお嬢さんと上手く行き、少し柔軟さも持ち合わせるようになれていたら・・・・・

Kは社会に出ても、彼なりに美しく生きていけたのかもしれないとも思う。

『野ブタ。をプロデュース』感想

※2005年11月10日の日記再掲

 

***********

 

大きな書店へ家族で出かけた今年の9月、
中2の長女に「読みたい本がある」とねだられ買ったのが『野ブタ。をプロデュース』(白岩 玄:著 河出書房新社)。

現在ドラマとして放映されている原作本だ。

ドラマ『野ブタ。をプロデュース』にはジャニーズの人気アイドル亀梨和也くん、山下智久くんの二人が共演、主題歌もヒット中。
なかなかおもしろい話のドラマなので原作にも興味が湧き、長女に借りて私も原作を読んでみた。

ドラマは原作とかなり異なっていて、
本を読んだからといってドラマの今後の展開は全く掴めなかった。

しかし、本としてなかなかこの作品は楽しかった。
さすが2004年度の文藝賞を受賞しただけのことはある。

作家は1983年京都市生まれの21歳。
その若い新鮮な感性でスピーディーにテンポ良く物語を運んでいく。

男の子というのは心の中でこんなことを考えているのか・・・!と目から鱗。
様々なことに毒づき、生々しいツッコミを入れまくる男の子の視点の面白さが楽しい。
文章の表現も今の感覚が生きていて、非常に読みやすい作品だ。


主人公「桐谷修二」は高校2年生。
成績優秀、スポーツも万能、明るい性格でクラスの人気者、
家庭でも朗らかな「いい子」だ。

しかし、それは彼が「着ぐるみショー」と称して演じている姿。
本来の彼は他人と一定の距離を持って接していたいと願っており、他者の誰にも心を開いていない。

「友だち」も「恋人」も本当はいらないのだけど、アイテムとして所有しておいた方が「高校生活」という3年間に渡る退屈なRPGをこなしていく上で有利なのでゲットしている。

それが高じて、転校生のいじめられっ子のクラスメイトを人気者に変えていくというプロデュースゲームにはまる。
紆余曲折を経て、クラス全員に無視されていた転校生は
人気者となっていく。

もちろんそうなったのは修二が提案した様々なアイディアのおかげなのだが、彼は「契約」と割り切って振舞う。

いじめられっこだった「野ブタ。」との間に友情に似た関係も生まれ、修二もそれを意識するシーンもあるのに、彼は自身の殻に閉じこもり「友達」を拒否する。

それは恋人に対しても同じで、
ステータスとして付き合っている学年一人気の女の子へも差したる愛情を持ち合わせていない。

彼女の方は修二を愛しており、あらゆる面で献身的に尽くすが、それさえ彼にとっては負担でしかない。

他人と関係を持つことを極端に恐れ、嫌っている。

つまり、人との関係の持ち方を知らないのだ。

彼は愛を知らない。


小説中に彼の家庭の様子はあまり描写されていない。
それは修二が家族に対して全く興味を持っていないことと、
家族も彼を放置していることを示しているのだろう。

特に問題のある家庭であるようなくだりもない。
だが、根深いところで問題があるのではないだろうか。

「いい子」でないと自分を受け入れてもらえない。
「いい子」の仮面をかぶっていさえすれば、誰も文句を言わない。
そう悟って「いい子」を演じることを身につけていった過程には、愛されない寂しさを痛感した様々なことがあったに違いない。

そうして、それを見抜けない両親にも問題があると言えるだろう。

ありのままの自分を愛してもらえることができたら、修二の仮面は割れる。
しかし、彼自身が素の自分を見せることを極度に恐れているのでなかなか難しいだろう。

もう一、二年もし、彼が成長し恋愛をすれば変わることができるかもしれない。

恋愛は、自分の内部に精神的にも肉体的にも他者を受け入れることから始まる。
修二にはこのハードルが人一倍高く、飛び越えることは困難なのかもしれないが。


一方、さらに数年を経て社会人になった時のことを考えると・・・

成績優秀な修二は面接もうまくこなし、いわゆるいい企業に就職できるかもしれない。

会社という組織内では誰もが役割を与えられている。
「役割」を演じるのは得意な修二は優秀な社員であり、エリートだろう。

結婚も「いいお嬢さん」とできるかもしれない。

誰もが羨むような人生。

だけど、彼はこの人生が楽しいだろうか?
日々がとてもしんどいはずだ。

人間、いつまでも無理を我慢できるものではない。
どこかで、また破綻を迎える。

彼が本当の愛を知り、人を受け入れ、信じ、愛することができるまで、
得られない愛を求めて苦しみながら、彼は「愛される自分」を演じ続けるのだろう。

「愛の流刑地」感想

※2006年01月31日の日記再掲

 

***********

 

日経新聞の朝刊小説、渡辺淳一氏の「愛の流刑地」が今日で完結した。

とても読みやすい文体で、毎朝、楽しく読めた。
渡辺淳一氏の作品は日経新聞で連載されたことがこれまでにも85年の「化身」、96年の「失楽園」と二回あり、
そのどちらも私は新聞で読んだ。

「化身」は私がまだ19歳の時。
濃厚に色っぽい描写のシーンが延々と続き、朝の食卓で朝刊を広げ、読みたいけれども大っぴらに読むのもためらわれ、とっても困った。

「失楽園」は、これもまた濃厚なシーンが多く、ラストの衝撃的な心中が印象的だった。

「失楽園」と同じく、「愛の流刑地」も愛の極みとして“愛される最中の死”を打ち出している。

だが、今回は心中ではなく、女性だけが死んだ。


序盤、二人が巡り合い、惹かれあっていく様子が丁寧に描かれる。
関係は不倫で、交際の支障となる事柄が多いにも関わらず、
大変スムーズに関係が進む。

通常、不倫を題材にした話なら、いかに困難を乗り越えて関係を維持していくかが焦点となるが、この小説中では、そこは大した問題にならない。
上手く行き過ぎるくらい、上手く事が運ぶ。

さて、では、何が問題になるのだろう?と思い始めた頃、
ヒロイン冬香の生活背景が小出しにされ、明らかになってくる。
夫を毛嫌いしている様子も描かれる。

不倫とは言え、他に好きな人ができたら、たとえ夫であろうと好きな人以外に抱かれるのは誰でも嫌だろう。
しかし、冬香の態度は極端であり、また夫の側にも異常な点が見れた。
夫婦仲は絶望的に悪いのだ。

そんな中、冬香は首を絞められることに喜びを感じ始める。
死にたがる。

戯れに、ではなく、本気で願っているようだ。
絶頂時に死ねたら、どんなに幸せだろう、という気持ちはわかる。
わかるけど、私は本当には死ねない。
でも、八方塞だった冬香は本当に死を願った。

そして、戯れのはずが、本当に窒息し、死んでしまった。

ここからがこの小説の本題。

主人公は逮捕され、裁判を受ける。
そして実刑8年を言い渡される。

小説を書くには取材をされているだろうから、
ある程度、本当にこのくらいの刑になるのかもしれない。

だけど、裁判シーンは読んでいて、なんとなく歯がゆかった。
主人公が弁護士にどこまでを話しているのかがわかりづらい。

読者はこれまでのいきさつを神の視点で読んで知っているから、
冬香の夫の卑劣な行為を暴露したら一気に有利になるんじゃないか?なぜ言い返さない?と気を揉んだり、
(腹に収めたのが主人公の人間性なのかもしれない)

証拠の録音テープを聞いて、尚、殺人と断定するのには無理がありすぎるんじゃないか?とか、

非常に受身になっている主人公にイライラした。

しかし、現実に自分が彼の立場なら・・・・
逮捕、尋問、拘置・・・と普通でない環境の中で冷静さを保てる自信はない。
犯すつもりでない罪ならば、尚更、呆然として受身になってしまうのは仕方ないのかもしれない・・・。

ラスト、息子さんに励まされて控訴するのかと思ったが、せずに終わった。
するべきじゃないかなぁ・・・と私は思うのだが。

冬香さんを想ってずっと暮らすのは、刑務所の中でなくても、どこにいても死ぬまで一緒だろう。

実刑8年でも、彼はたぶん模範囚だろうから、早めに出てこれるかもしれない。
その後、また小説を書くだろうか?
事の次第の真実を記した物語を。
もしかしたら、「愛の流刑地」こそが、それなのかもしれない。

映画「嫌われ松子の一生」

※2006年05月30日の日記再掲

 

********

 

昨日は中学が土曜参観の代休で、
次女は友達と「ダ・ヴィンチ・コード」の映画を観に。

それならば、長女と私も映画を観に行こうかということになり、
ちょうど先日封切になったばかりでテレビで紹介されていた「嫌われ松子の一生」が面白そうだったので、即決!


平日のお昼だけど、封切直後でもあり、映画館はまずまずの入り。
観客層は、ご年配のご婦人方から大学生の若いカップルまで幅広い。

さてさて、この映画、
前日に急に観に行くことになったので、まるっきり何の予備知識もなく映画館の席へ座ってしまった。

無論、原作も読んでいない。
正直、そんなに期待して観に行ったわけでもなかった。

そして、見終わった感想だがーーーー

とっても良かった。
気付かないままに涙が頬にこぼれた。

泣ける映画だとは思っていなかったので驚いたよ。

いろんなことを考えさせられる深みもあって、
でも単純におもしろくて、わかりやすい、いい映画だった。
観に行って本当に良かったよ。
エンディングのクレジットの最後で、心の中で拍手したもん。

中3で15歳になったばかりの長女には、この話、わかったのかなぁ??と思ったけど
長女も「泣けた」って言ってた。

しかも、出口付近で他の観客が口々に「良かった」と話しているのが聞こえた。
大学生のカップルの男の子が

「これまで○○(彼女の名前)と観に行った映画の中で、これが一番良かったよ~!」


って言うのが聞こえて、
そっかぁ・・・この話、男性にも・・・しかも若い男の子にもわかるんだ・・・と驚いた。


・・・・さて、ここからは映画の内容に少し触れていきますので
ネタバレは一切イヤ!って方は、ちょっと飛ばして下さいね。。。

******

物語の最初に、いきなり松子がお骨になっているから、
本当に松子の“一生”の話なんだなぁってわかる。

お骨を引き取りにきた実の弟に
「つまらん人生だった」と一言で要約される松子の一生。

本当にどうしようもない最低な年譜なのだけど、
でも・・・それでも、彼女は彼女なりにいつも一生懸命もがいて苦しんで生きていた姿が映し出されて、

ああ・・・この人は・・・・馬鹿じゃないけど、愚かだなぁ・・・と愛らしく思える。

美貌、
教養と学歴もあり、
それなのにとめどなく転落していく。

何かが、少しずつ歯車が狂って・・・・
どんどん、どんどん最初とは大きく違っていく。

・・・・何に原因があるのかと問い詰めれば、
やっぱり松子がキレてしまう短所だろう。
もうあと一拍の猶予を持って、冷静に考え、判断し、こらえることができたら・・・
こうはならなかっただろうというシーンが何箇所もある。


「嫌われ松子」がタイトルだけど、
松子は嫌われていたわけでも愛されていなかったわけでもない。
なのに、どんどん人が遠くへ行ってしまう。
大切な人が離れ、死んで行ってしまう。


話の流れは時系列ではなく、自在に時間を旅する。
そして、その時々の松子と、その時代、世相を見せてくれる。

同じシーンが繰り返し出てくるところがある。

同じシーンなのだが、カメラの位置を変え、視点を変えれば、全然違って見える。
・・・両方を見せられる我々観客は、双方の気持ちがわかって、胸が詰まる・・・。

そうだ。
どんな人生にだって言い訳はあるんだ。
ああ、言い訳という言葉は良くないかもしれない。

だけど、「あの時、ああした」ことには本人なりの理由や事情があって、
他の人からは不可解で「馬鹿だなぁ」と思われるようなことでも
・・・やっぱり本人には、本人にしかわからないことって・・・あるんだよね。

それを全部、人に説明するのって大変だ。
わかってもらえる機会なんてない。

だから、「あの人はヘンな人」のレッテルを貼られる。

・・・説明しようとしたら、こんな映画一本分、2時間かかっちゃうのよ。

きっとこの映画はそのうちテレビでも放送されるだろう。(製作にTBSも加わっている)

だけど、テレビよりは映画館で、じっくりと浸って観た方がいいだろうね。
だって、我々は「神」の存在として感じられるんだもん。


主演の中谷美紀さんは言うまでもなく、大変美しい方なのだけど
映画の中で何度も殴られるシーンがある。
それも愛する人から情け容赦なく、物のように殴られる。

ドメスティック・バイオレンス(DV)は今ではずいぶん公言されることとなった。(それでも氷山の一角だろうが)

以前、私もご主人から暴力を受けている奥さんから直接お話を聞いた経験があるので、
そういう殴られる関係性が全く理解できなくはない。
そこに愛があると信じられなくはない。
だけど・・・やっぱりダメだよ。殴り殴られての関係なんて・・・・。
幸せからどんどん離れていってしまう・・・。


松子を巡ってたくさんの男性が現れる。
私が一番印象に残ったのは、武田真治くんの演技。

車を運転しているシーンはセリフはないのだが、「こんなふうに口説いたんだな」ってすごくわかる。
そして手の所作が美しい。
ものすごい色気を醸していた。


*****

とにかくね、
見てよかったな~って思う映画です。
退屈に感じるシーンは一箇所もなかった。
お値打ち感のある映画でした。
是非、映画館で観て欲しいですわ~。

映画「時をかける少女」

※2006年08月26日の日記、再掲。

テレビで放映されたの見て、やっぱり泣いたわ~~~!

見たの3回目だけど、(映画+テレビ2回)

3回とも同じところで自然と涙が。。。。うるるるるる~~~~。。。

 

**************

 

「めるさんの好物がたくさんつまった映画だよ!!」とG.K@くんに強く勧められ、
「時をかける少女」の映画を次女と観に行った。

原作は筒井康隆さん。
高校時代、筒井作品にはまりにはまり、本屋に並んでいる文庫本を片っ端から買っては読んだ。

だけど、この「時をかける少女」は友達から借りて読んだ。
高3の文化祭で有志のお芝居をしようという話になって、
友達が「これをしたい」と言い、文庫本を持ってきた。
それを元に私が脚本を書き、更には演出、大道具、小道具、とにかく全部やって、芝居をした。

そんな想い出もある物語なのだけど、
どういうストーリーだったか思い出そうとしても、正確に思い出せない・・・。
なんと言っても、もう二十年以上前の話だからね・・・。

今日、観に行った「時をかける少女」はアニメ映画。

だけど観客の年齢層は非常に高かった。
30代後半から40代くらいの男性が多かった。

上映館は大阪では一箇所だけ。
しかも、朝と夜の二回しかない。
そのせいか、満席で、上映時間ギリギリに到着した私たちは立ち見になった。

絵柄がとても今風で、
男のコのキャラがとてもカッコイイ。

学校ってところは、あんなにカッコイイ男のコ達と毎日毎日、無条件で逢える素晴らしい環境なのだなぁ。

それにしても・・・・
原作・・・こんな話だっけな?
違うだろう??いくらなんでもーーーー
・・・と、記憶をたどるが・・・思い出せない。
ま、この作品は、この作品として楽しもう・・・と思ったところで
理科室の描写が原作に忠実なのにハッとした。

何度か泣けた。

主人公のバカさ加減に呆れながら、
昔の自分の姿がダブって見えた。

・・・・ああ、愚かだった。
必死で上手く行くように頑張っているのに、絶えず裏目に出る。

有頂天になって、後の苦労を考えもしない能天気さも。
・・・それが若さと言うものかもしれないけれど。

消したい過去が私にもある。
時間を戻せるものならーーーと本気で願った。

だけど・・・・
もしも、それができたとしても・・・・
上手くは行かないんだ。何もかも。

上手く行くんじゃないか、という甘い幻想は誘惑し続けるけれど。

彼の「本気」に正面から向き合えなかった。
それが自分の「本当」なのだから、
やりなおしはきかないし・・・・
もし、時間を戻してやり直せたとしても、「本当」は変わらない・・・。

それでもね、
一度でも「好き」って言ってくれたなら、
もう一度言って欲しいよ。

もう一度、言ってくれたなら、今度こそ素直にうなづくのに。
チャンスをもう一度欲しい。

その、たった一言を言ってくれないあなたは、とてもいじわるだ・・・。

時間を自在に移動する中で、
何が大切なのかを主人公は見つける。

失いたくないもの。
自分が求めているもの。

そのために、何をすればいいのかを知る。

私の中の一番痛い部分をザクッと一刺し、
更にえぐるシーンもあった。

だけど、身も世もなくワンワンと大泣きする彼女の姿は、
自分の代わりに泣いてくれているようで、心に溜まっている涙をこぼせて・・・気持ちよかった。

観に行って、よかった。
G.K@くん、教えてくれてありがとう。

テンポ良く、メリハリもあって、最後まで楽しめる。退屈なシーンはない。

声優陣も、全員達者で上手かった。

秀作だと思う。
上映館が少ないようだけど、興行はなかなか成功している模様。
じわ~~っといい映画だから、ね。
同世代で満席の映画館で観れたのは素敵な体験だったな。 

2009年10月21日 (水)

映画「カイジ 人生逆転ゲーム」感想

新型インフルエンザ流行で、またまた一週間の休校になってしまった次女と

映画を観に行ってきた。

 

いや、人ごみに出かけるのはよろしくはないんだけど、

かと言って、一週間、家にこもっているのは親子共々

精神衛生上、非常~~~に悪いのよ、、、、(以前の休校時に、もうこりごり・・・

 

次女が観たがったのは

「カイジ 人生逆転ゲーム」

 

少年マンガが原作の賭け事の物語。

私は、賭け事は好きじゃない。しない方だ。

なぜなら、収支でプラスマイナスを考えた時、プラスになると思えないからだ。

 

300円の宝くじを買って夢を見るよりは、堅実に人生を送りたい。

そんな価値観を持っている私には、この映画で賭け事に全てを、命までも賭ける姿に

全く共感できない。

 

だけど、主人公カイジだって、本当はそんなバカげたことをしたいわけではなく、

どうしようもなく追い込まれ、窮地に立った状態で起死回生の勝負に挑んでいるのだ。

 

なぜだか、とてもお人よしで人情に厚いカイジ。

そもそも、さして仲が良いわけでもない友人の連帯保証人になってしまう愚かさ。

勝っていたはずの勝負で、仲間のおじさんを見捨てられず、強制労働を強いられるはめに・・・。

 

地下シェルター建設現場での強制労働は、まるで刑務所のよう。

人権も何もあったものではない。

いくら借金が山のようにあるからといって、あれはいくらなんでも違法ではないのか・・・?

ムチャクチャな金利だって、あれも違法だよね・・・??

・・・・・そういうところを突っ込んだらダメなんだろうなぁ。。。。

 

ビルとビルとの綱渡りゲームだって、いくらなんでも・・・・

あれって、上から落ちた人が、下に落ちた時、誰かにぶつかったりしたら大事故よね?

強風も吹いていたし、かなりの広範囲を通行規制しないと危ない。

・・・・・・とかって考えなくていいんですよねっっ、、、

 

いや、私の考えが甘いのかもしれない。

綱渡りゲーム的な恐ろしいことって、実際にあるのかもしれない・・・・・・

お金が絡んだ殺人事件は、よく新聞に載っているものね。

 

とにかく、話としては「えええっ?!」というありえないような展開なのだけど

話の底流を支えているのは、就職難で定職になかなか就けず、

見えない将来への不安を抱え、悶々と暮らしている若者を中心とした人たちが

現在、実際に多いという事実。

そのリアルが、物語に深みを与えている。

 

「負け組」と罵倒され、「クズ」と一喝されるカイジたち。

同じような境遇の人たちが映画を観たら、どう感じるんだろうなぁ・・・・。

 

綱渡りや、終盤のタネ明かしの場面で、セリフがやたら多いのが

ちょっと観ていて、もったりしていた。

(綱渡りで、あんなに叫んでいたら絶対落ちるだろう、と思った。)

 

それでも、力のある役者さんが揃っていて、皆、とても上手いので

見ごたえがあり、退屈するようなことはない。

 

主人公カイジ役の藤原竜也くんは、やっぱり上手いね。さすがだわ。

きれいなお顔立ちなのに、今回はイケメンのオーラを消し、

ボサボサの髪、パッとしない冴えない雰囲気で、ファンには少し残念だったかもしれない。

(終盤、勝負に賭ける表情は極上のイイ男でしたが♪)

 

敵役の香川照之さんも、本当にプロの役者さんだなぁ!

イヤラシイ役を本当にイヤラシク演じ切っていて、すごい。

「静かなるドン」で初めて見た時から、この人はすごいな~って思ったのよね。

 

天海祐希さんもハマリ役。

ドスの効いた怒鳴り声には、こっちまでビビらされる。

 

山本太郎も、本当にいい役者になっちゃって。

海パンでメロリンキューだったのにねぇ♪

 

松山ケンイチも友情出演。

彼は、役ごとに違って見える。同じ人とは思えないくらいに。

そして、そのどれもが、その役にピッタリなんだから、すごい。

 

最後の決戦の、頭脳対決はゲームの面白さを味わわせてくれるが、

観終わって、カイジが勝負に勝った爽快感はない。

ありえないような話のありえないようなゲーム。

だけど、この社会の裏側で、もしかしたら似たような恐ろしいことはあるのかもしれない。

関わりなく生きていきたいけど、

もしかして、ひょっとして・・・・

何か、道を間違えたら・・・・行き詰った先には、その恐ろしい世界に捕まってしまうのかもしれない。

そんな薄ら暗いような、ゾッとするような、

複雑な気持ちをじんわりと味わいながら、映画館を出たのだった。

2009年10月20日 (火)

PTA 挨拶・祝辞・原稿 文例集

昨年度まで務めたPTA役員時の挨拶原稿です。

よろしかったら、ご参考ください。

当時は、小学校では「子どもの安全」、中学校では「携帯・インターネットでのトラブル、いじめ」が一番の関心事で

話題に上ることが多かったです。

今年ならば、たぶん新型インフルエンザが流行っているから、体調管理について、よく話されているのではないかと思います。

その時々の時事を織り込み、アレンジしてくださいませ。

※eoblogは2017年3月31日(金)15:00でサービス終了します。

新ブログ「夢で逢えたら…」 に同じ記事がありますので、

4月以降はこちらをご覧ください。↓

PTA 挨拶・祝辞・原稿 文例集

*************** 

■ 卒業式保護者代表謝辞 文例

■ 小学校離任式 保護者代表謝辞文例

■ 小学校着任式 保護者代表挨拶文例

■ PTA会長就任挨拶 文例

■ PTA総会〜会長挨拶 文例

■ PTA予算総会&親子イベント〜会長挨拶文例

■ 体育大会PTA会長挨拶 文例

■ PTA会長祝辞 文例〜創立30周年記念誌原稿

■ 中学校創立30周年記念祝賀会~PTA会長挨拶 文例

■ 区バレーボール大会 開会式~PTA会長挨拶 文例

■ 中学校PTA新聞 会長挨拶文~文例

■ 中学校卒業式PTA会長挨拶 文例

■ 中学校入学式PTA会長祝辞 文例 

■ 餅つき大会 開会式~PTA会長挨拶 文例

■ PTA主催お餅つき大会の意義

中学校入学式PTA会長祝辞 文例

2009年4月 1日 (水)の日記再掲

来週は入学式。

小学校は来賓として、中学校は会長として

そして高校は保護者として3回行くわ!今年・・・・

紅白饅頭だけが楽しみよっっ、、、、

 

祝辞の原稿、校長先生にチェックしてもらったものです。

6分かかってしまうので、ちょっと長いなぁ・・・と思うのですが

PTA活動への参加のお願いのくだりも入れたくて。。。。

でも、もうちょっと削らないといけないかなぁ・・・

なんとか5分以内の原稿にしたいものです。。。。

 

************

 

新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。

新しい制服の着心地はいかがですか?

今はゆったりした大きい制服も卒業する三年後には、

きっと手足が伸び小さくなっていることでしょう。

 

中学校で過ごす三年間は体も頭脳も、そして心も

大きく成長する大切な時期です

皆さんが健やかに心身を育んでいけますように、

何か夢中になれる大切なものを見つけてほしいと思います。

 

中学には野球やテニス、吹奏楽などの部がたくさんあります。

できればぜひ、どこかの部に入り、自分の好きなことを

精一杯、仲間達と楽しんでください。

わいわいと語り合ううちに、時に意見がぶつかり合うことも

あるでしょうが、そのたびごとにお互い同士をわかり合え、

より親しくなっていけるでしょう。

部活動以外でも、例えば憧れの歌手やタレント、

好きな漫画やアニメでも、自分の好きなものに夢中になれる

パワーに溢れているのが中学生です。

 

保護者の方は、

「勉強をそのくらい頑張ってくれればいいのに・・・」と

溜息をつくと思います。

しかし、それが中学生として健全なものであるなら、

成績が落ちたりお小遣いを浪費したりしない限りは、

ある程度大目に見てあげていいと思います。

例えば好きな歌手について、誰よりももっともっと知りたい

と思う探究心、そして、新しい情報を得た時の満足感は

「知りたい、学びたい」という気持ちの源だと思うのです。

そんな中で、難しい漢字が読めることや、

歴史や地名も知っておくことが必要だと、きっと気づき、

もっと知りたいと更に興味を深めて

自分がやりたい将来の夢、進路が見えてくることもあります。

皆さん一人一人がキラキラと輝いて生き生きと過ごせる

中学校生活でありますように、私たちPTAも子ども達の

生活を整え、大切に支えてまいります。

 

校長先生をはじめ、教職員の皆様方にはどうぞ、

子ども達を温かく、また時には厳しくご指導くださいますよう

よろしくお願い申し上げます。

 

また地域の皆さま方にも、本日は早朝よりご多忙の中、

多数ご臨席賜り、誠にありがとうございます。

これまでどおり、○○の生徒達を温かく

見守ってくださいますよう、よろしくお願いいたします。

 

新入生の保護者の皆さま、お子様のご入学、

誠におめでとうございます。

中学校の三年間で子ども達はグングンと成長します。

自立していく過程で反抗期もありますし、また悩みを抱え

塞ぎこんでしまうこともあります。

思春期に悩む子どもの姿に、保護者も一緒に悩み、心配の多い時です。

しかし、それらは全て、子どもが大きく育っていくための大事なステップです。

思春期の嵐に巻き込まれず、どっしりと構え、

大人として子どもが安心して頼れる存在でありたいものです。

そして、もしも

子ども達が道を間違えそうになっている時には、

正しい方向へグイと手を引っ張ってやってください。

そんな経験を重ねていくことで私たち保護者もまた共に

成長できるのだと思います。

 

核家族化が進み、共稼ぎのご家庭も多く、

保護者だけでは十分に子どもを見てあげられない状況も増えています。

中学生を持つ保護者同士が助け合い、目配りし、

子ども達を見守っていきたいと思います。

 

PTAでは様々な活動を通じて、

保護者の皆さんが交流できる機会を設けています。

どうぞ、お気軽に、お忙しい方も一年のうち、

何かの行事に一度はご参加いただき、

PTA活動に関わっていただくことで、

大切な子ども達を見守る私達大人のネットーワークの輪を

少しでも広げられたらと強く願っています。

私たち保護者同士の助け合う姿が子ども達に伝わり、

困っている友達に自然と手を差し伸べられる温かい心を

育んでいければ、子ども達の中学校生活は

より楽しく明るいものになると思います。

 

新入生の皆さんが今日から始まる三年間で、たっぷりと学び、

体を鍛え、心を磨き、皆さん一人一人が、人間としての土台を

しっかりと豊かに築いていかれることを願い、

私の祝辞とさせていただきます。

中学校卒業式PTA会長挨拶 文例

2009年2月27日 (金)の日記再掲。

来月の卒業式も迫ってきました。

早めに挨拶の言葉を用意し、校長先生に見てもらいOKを頂けたものです。

もうちょっとオリジナリティーな内容を入れようかと思ったのですが

・・・・やっぱ、卒業式の厳粛な雰囲気を壊さないためにも

内容的には、割と普通なものでまとめました。

「人間関係を大切にし、いい友人をたくさん持ってほしい。

そして、もし何かに絶望した時も、あなたは決して一人ではないことを覚えていてほしい」

という気持ちを込めました。

 

ゆっくり読んで、ちょうど3分の原稿です。

・・・・・・う~~ん、、、当日は講堂の壇上、金屏風の前で挨拶するのか~~~

さすがに緊張しそうだなー、、、、

 

*******************

 

卒業生の皆さん、保護者の皆様、ご卒業おめでとうございます。
子ども達が無事、中学3年間の学業を修め、この○○中学校を巣立ち
力強く羽ばたいて行く今日の良き日を迎えられましたのも、
日々熱心にご指導くださった校長先生を始め、
教職員の先生方のおかげと心より深く感謝しています。

また、日頃から○○の生徒達を温かく見守ってくださっている、
地域の皆様にもご多忙の中、早朝から、生徒達の晴れの舞台に多数ご臨席賜り、
共にお祝いいただきますこと、誠にありがとうございます。

さて、卒業生の皆さんはこの○○中学校で過ごした3年間を振り返って、
今、どんな思い出が胸に浮かんでいますか?
修学旅行、体育大会、そしてクラスやクラブ活動で仲間たちと共に笑い合い、
時に気持ちがすれ違い悩んだことでしょうか?
しかし今はその一つ一つが、あなた方一人一人の成長を育くむ
大切なかけがえのない思い出です。

春からの新しい環境の中で、皆さんはまた様々な経験を重ねていくことでしょう。
人生には、心から震え感動し、
「この瞬間のために自分は生まれてきた」と思うような嬉しいこともありますし、
逆に、生きていくのがつらく感じるような苦しい目に遭い、
長く暗い一人ぼっちの夜に涙することもあります。

人は一人では生きて行けないものです。
人に傷つけられ悩むこともありますが、それらを癒してくれるのも、
やはり人の優しさです。
相手の気持ちを大切に思いやり、人の苦しみ、痛みを感じ、分かち合い、
お互いを助け合えるような、いい友人を、どうぞたくさん作ってください。
そして、この○○の地には幼い時から共に育った仲間がいること、
お世話になった担任の先生をはじめ、教職員の先生方がいらっしゃること、
大切な家族、友達のお母さんの優しい笑顔、地域の皆さんの温かさがあることを、
どうぞ、決して忘れないでいてください。

新しい世界への扉を開き、勇気を持って羽ばたいていく
皆さんの未来に幸多かれと願い、私の挨拶とさせていただきます。
ご卒業、心からおめでとう。

~ようこそ~

  • あまりつぶやかないですが
    Twitterも一応やってます
    連絡はこちら↓へお願いします
    Twitter: @meru_mia
フォトアルバム

最近のトラックバック

Powered by Six Apart