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2011年1月

2011年1月25日 (火)

ツイッターの可能性~「アウラ-オーラ」 

実は最近までツイッターはあまり好きではなかった。

友人たちや、気になる人の様子や近況が知れたらいい、と

それだけの目的でアカウントを取り、自分でつぶやくことは滅多になかった。

 

ところが先週末、

ハッシュタグ「#popuon」で展開されていた議論が大変興味深く

面白かった。

 

YMOの坂本龍一さんが先日、韓国にて行ったコンサートは、

それがustreamにて動画配信され、全世界で同時に楽しめるものだった。

 

それを踏まえて、大学生の方が坂本さんへツイッター上で質問した。

動画配信では、作品のオーラは減ってしまうのだろうか、と。

 

※かなり要約しています。

「ベンヤミンのアウラ」とか、一般的ではない、かなり難解な単語がバンバン飛び交って議論が交わされていますが、なるべくわかりやすく話を進めます。

 

その学生への質問に、坂本さんがとても丁寧に対応しているのに驚いた。

のみならず、

「オーラ」という実体を掴みにくいものについて、真剣な議論を皆に促す

様々な提議をしていた。

 

生ライブのような「一回性」にこそオーラが宿るのか?

なら、CDを聴いてオーラを感じることはできないのか?

 

目で実際に見ることが重要なのか?

なら、耳でしか聴けない人がオーラを感じることは不可能なのか?

 

生音であることが重要なのか?

しかし、コンサートではPAによって調整された音が観客には聞こえるのだ。

そこにオーラはあるか?

 

オーラは作品の中にあるのか?

聴き手の中に宿るのか?

 

坂本教授は、いろんなことを皆に投げかけ、

「性急に結論を求める必要はないよね。各自が自分の思考を深めることができればいいんだと思うよ。

と微笑む。

 

議論の参加者の大半は、いい大人なわけで、

ものすごーーく皆、真面目に真剣にコメントを交わしている。

 

これは教授による「授業」。

思考することが、こんなに楽しいなんて、ね!

 

オーラが何かを定義づけるのは簡単ではない。

問題は答えを見つけることじゃない。

いろいろと思考を巡らせ、考えること。

 

とても高度な「授業」を居ながらにして、更には無料(!)で受けられるなんて・・・

ツイッターって・・・すごいかもしれない、と感じた。

 

 

オーラが何かを定義づけるのは難しいけれど、

オーラを感じる体験をしたことはある。

 

一番、伝えやすい例を挙げるとーーー

 

ポール・マッカートニーのライブは素晴らしかった!

「ポール・マッカートニー IN CONCERT 感動!」

広いドームのステージで、ポールが一人、ギターを弾きながら歌ってくれた「LET IT BE」は

魂が天国へ連れて行かれそうな感覚がして、怖かったくらい!

 

ポールは、すさまじいオーラを発していた。

 

この体験に基づいて、なぜ私がオーラを感じたのかを考えてみるとーーー

 

・あの「ビートルズ」のポールである、と元々、私が「ありがたみ」を感じながら聴いている。

・・・・・・期待して聴いても、期待はずれの演奏である場合も多く、その際にはオーラは感じられないはず。

 

・ポールに関しての予備知識、関連する思い出などが私にあり、それがオーラを誘発させている。

・・・・・・深く知っているからこそ、逆に俗っぽく感じるというケースもあるだろうけど

大抵はやはり、対象への知識を持っているほうが、より深く共感し、感動できるはず。

 

・最後の来日ツアーと銘打たれたライブの希少性。

・・・・・・これも「ありがたみ」に通じる。希少だから必ずしもオーラがあるとは言えない。

 

・楽曲の素晴らしさ。

・・・・・・「LET IT BE」はやはり名曲ですよ!年を取った方が、余計しみるし!!

「あるがままに」と歌われるとね・・・すんごい癒されるわけです。。。。

抱(いだ)かれる感覚。

 

・周囲の雰囲気

・・・・・・・・そりゃあ、もう大盛り上がりで、皆テンション上がってましたからねー!

涙ぐんでる人も多いし。会場、熱かったです!!

でも、場合によっては、周りは心酔してても自分は乗れない・・・ってケースもあるわけで、

周囲の雰囲気=オーラ発生ではないと思う。

 

同じ場で、同じ曲を聴いていても、

心と体が打ち震えるような感動を覚え、ステージ上にオーラを感じるかどうかは、

やはり、その人によるし、

同じ人でも、その時の気分、感情で全く違うだろうから、

オーラはどこに存在するかを定義づけることなんて、やはり無理だと思う・・・・。

 

ただ、

例えば、あのポールのライブ会場にいた大勢の人はオーラを感じていただろうから

上記のような条件でオーラは感じやすいと言うこともできるだろう。

 

一番は、その作品の良さだろうが、

人は、水琴窟の水音にもオーラを感じ得る。

 

表現者(物)の発信するフォースを、聴き手が受信し、共鳴し、

心の奥底深くまで届き、震えさせ、共感を生む。

表現者の発したフォースと受け手の心が融和する。

その瞬間にオーラを感じるのではないかと思う。

 

その「共感」は、もしかしたら受け手側の一方的な解釈であるかもしれない。

それでも、人は対象にオーラを感じることができる。

 

オーラは、人の気持ち次第なので非常に移ろいやすい。

お笑い芸人のギャグはブームが過ぎると、まったく白けてしまう。

ブームの絶頂期、オーラを放ち、もてはやされ、あんなにウケた芸人さんであっても・・・ね。

 

うん!

オーラについていっぱい考えることができて

脳が喜んでる♪

2011年1月18日 (火)

「大切なことはすべて君が教えてくれた」このドラマ面白い予感!

昨日から始まった新しい月9ドラマ「大切なことはすべて君が教えてくれた」

たまたまチャンネルが合っていたので見たのだけれど・・・・・

なかなか面白そうな予感!!

 

若い高校教師(三浦春馬)は同僚の先生(戸田恵梨香)と婚約中。

にも関わらず、始業式の朝、目覚めるとベッドには見知らぬ女の子がーーー

 

実は、その女の子は三浦くんの担任のクラスの生徒!

生徒にも保護者にも、先生方からさえ信頼が厚く、好感を持たれている人気教師の三浦くんが

ま・さ・かのヤッチマッタ的展開!!

一体、どうするんだ!?どうなるんだーーー!?

 

まぁ、とにかく第一話の三浦くんは、ビックリしたウサギのような顔のストップモーションばかり!

どうやら、彼には「昨夜のこと」の記憶がないらしい。

・・・・・ドラマとかマンガでは、こういう「覚えてない」というシチュエーションが割とあるが、

本当に、こんなふうに全く思い出せないなんてことがあるんでしょうか・・・?

それがとても不思議ですわ・・・・・

ありえないと思うんだけどなぁ・・・・

男性はあり得るんですかねぇ・・・・

泥酔してたとか?

いやいや泥酔してて、事を成し得るんですか?・・・・できるかもしれないけど!

 

いや、それは置いといてー!!

 

とにかく、「した」「実はしていない」が今のところ曖昧。

でも、その女生徒(武井 咲)は、「した」みたいに振舞っているので、

三浦くんも「しちゃったのかも。しちゃったかー」みたいになってる。

 

武井 咲さんが、ものすごくきれいな女の子で、凄みがあり、

だから、なぜかホラー並みの怖さがビシビシきて、それが見ていて面白い。

 

最初、原作は少女漫画なのかな?と思った。

携帯小説か?とも感じた。

しかし、原作はないようだ。

 

キャストの最初に載っている名前は、戸田恵梨香なので

彼女の立場を中心に物語が展開していくのかもしれない。

 

戸田恵梨香なら、三角関係になってもガッツリ戦っていける体力を感じさせてくれるので

物語に深みができていくだろうと期待できる。

 

とりあえず来週が楽しみ!

ワクワクですわ~

2011年1月11日 (火)

陶芸家「ルーシー・リー展」行ってよかった!!

「ルーシー・リー展」大阪市立東洋陶磁美術館にて2/13まで開催中)を観て来た。

 

Dsc02116

 

先日の日経新聞に、大変好評であると記事が出ていたが、

本当に盛況で、なかなかの来場者数だった。

 

彼女の名前を知ったのは、昨年テレビで女性陶芸家の特集があった際、

その方がルーシー・リー作品の青色に憧れ、その青を出そうと努力を重ねていたのが

印象に残ったから。

それが、このルーシー・リーのピンク線文鉢。(←公式サイト。作品を動画で見ることができます。ぜひ見てみて!!

 

ね?

いかにも私が好きそうなかわいい器でしょう?!

たまらなく、かわいい・・・・・・・・

お菓子のような色使いじゃないですか。

ミルクチョコがかかっているみたい・・・!

 

ウィーンに生まれ、イギリスで暮らした(戦争のため亡命)彼女。

ヨーロッパの陶器は華美な物が多い印象が強いけれど、

彼女の器は、どれもとてもシンプルで機能的で、

日本で作られたんじゃないかと思うくらい、しっくりくる。

日本人好みの器だと思う。

 

溶岩釉大鉢(マーブル)(←公式サイト。ページ下のピンクの大鉢)も、よかった・・・・・。

桜色に墨を流したような・・・・

春の暮れていく空のような・・・・・・

なんとも言えず美しい。

やさしい曲線を描く姿も見とれるくらいにいい。

・・・ああ、私はあんな女でいたい、って器を見て思ったよ。

 

1995年、93才まで長命だったルーシー。

88才の時、自分と弟子達の展覧会の開会式の数日後に脳卒中で倒れ、

記憶のほとんどを失ってしまったらしい。

・・・・・今なら脳梗塞も早めに手当てすれば、軽く済むかもしれないのになぁ。。。

 

実は、私も陶芸を少しやってみてる。

でもね~~~~~

やっぱ、初心者が初回からちゃんとした物ができるほど簡単なもんじゃないのよね、、、

奥が深いわ~~~~~

土をこねて、

轆轤(ろくろ)を回して・・・・・

成形だって、なかなかきれいな形になんてならないの、、、、

もう少し上手くできたらなぁ・・・・って思うけど、それには数年かかるかも!!

 

でも、実際に陶芸をやったことがあると、

今回の展覧会でも、わかることが多々あって、それがなんだか嬉しかったわ。

 

ああ・・・・

ルーシー・リーの器・・・・・欲しいなぁ。。。。。

飾るより、使いたい。

全国を駆けるタイガーマスクの善意 声優・森功至さんは「複雑」

福祉施設へランドセルなどの善意の贈り物が届くニュースが続いていますね。

不況が続き、世知辛い報道が多い中、

タイガーマスク「伊達直人」の名を借りてのプレゼントは、

温かみを感じて、ほっこりな気持ちにさせてくれます。

 

プレゼントを贈られた子供達の胸に、人の優しさ、あたたかさが伝わることが

ランドセルよりも重い、何よりの贈り物だと思います。

 

・・・・・・・・・ところで・・・・・・

この記事で気になるのはーーーーーーー

 

アニメ「タイガーマスク」の主人公タイガーマスク(伊達直人)を演じていたのは

富山敬さんなのよ~~~~~~~っっっ

 

森功至さんは、全105話中の2話のみを代役だったのよ・・・・

もちろん、森さんも一流の声優さんです。

 

でもね・・・・・・・

富山敬さんは私が一番好きな声優さんで、

柔らかで、甘く、でもカッコイイ声がねぇ・・・・大好きだったんですよ。

声質だけでなく、お芝居がとても上手くて、

アニメのキャラクターに、彼の声が血を通わせていました。

 

・・・・・富山さん、お元気でいてくれたらよかったのになぁ。。。。

なんか、すごく思い出しちゃったわ。。。。。。

2011年1月 8日 (土)

千と千尋の神隠し『いつも何度でも』歌詞読解・曲解

テレビで「千と千尋の神隠し」をやっていましたね。

映画公開は2001年。

当時は小学生だった娘達。

既に、何度かテレビでも見ているのだけど、繰り返し見ても、

じっくり楽しめるのが、いいわね。

 

当時、主題歌の「いつも何度でも」にはまり、キーボードで練習していたの。

そこそこ弾けてたはずなんだけど・・・・、もうすっかり忘れちゃったなぁ・・・。

 

歌詞の読解を初代のブログで書いていたのを思い出した。

読み返すと・・・・・

うーーん、やっぱ当時はまだ色々と回復期だったな~って感じる。。。

 

***************

 

去年の夏の終わりに、映画「千と千尋の神隠し」を子供達と観に行きまして。
それ以来、木村弓さんの「いつも何度でも」(作詞は覚 和歌子さん)に、はまりました。

・・・ほんと、この曲、深いですね。

一番で迷いのある姿を見せ、
二番で「かなしみ」に負けず、力強く地に足をつけ、
自分自身を取り戻して生きる姿勢を打ち出している。

桑田佳祐さんの「白い恋人達」もそういう構成。
最近のいい曲は、絶望のままに終わらせないね。
「希望」を含ませている。

80年代の曲は
「退屈な毎日に嫌気がさすぜ。
くだらない日常をブッ壊そう!」みたいな、ただ文句たれてる歌詞が多かった。
それが「カッコイイ」みたいな風潮もあった。

90年代以降、湾岸戦争や阪神大震災、地下鉄サリン事件、
最近ではアメリカでの同時多発テロ・・・

考えられないようなことが、ある日突然、起こる。
その災いが自分自身の身に降りかかっても全く不思議ではない状況を
新聞、テレビ等の情報を通じて目の当たりにし、
「ごく普通の日常の有り難み」を知った人は多いのだと思う。

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♪呼んでいる 胸のどこか奥で
♪いつも心踊る 夢を見たい

 

いつもドキドキ・ワクワクして生きていきたい。
トクトクと速く胸を打つ鼓動を感じていたい。

目の前に、花が舞うような幸せな瞬間。
足元が宙に浮かぶような夢見心地のひととき。

そう。
私の胸の奥には、手を伸ばしてつかまえたい希望がある。
とても大切な、私だけの・・・夢。

光射す雲の上にある夢。
私は天に向かって首を伸ばす。

そんな少女のような私が胸の奥にいる・・・。

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♪悲しみは 数えきれないけれど
♪その向こうできっと あなたに会える

 

誰の心の中にもあるように、
私にも「悲しみ」は、いっぱいある。

辛いこと。
頭に来ちゃうこと。
もう、いやんなっちゃうような うっとぉーーしいこと。
思い出すと、涙が出そうな想い出も。

きっと、私だけじゃないね?
悲しいのは。

悲しみに押しつぶされたらいけないのね?
先が見えず、暗いけれど、
この暗闇の向こうに光が待っている。

私を抱きしめてくれる あなたが そこに。

あなたに会いたいから。
もう少し、がんばってみようかな?

 

♪繰り返すあやまちの そのたびひとは
♪ただ青い空の 青さを知る

 

私って、本当にダメだ。
どうして、こんなに不器用なんだろう?
何度、同じ失敗を繰り返せば、賢くなれるんだろう?

こぼれる涙で曇って何も見えない。
誰とも会いたくないよ。
部屋に一人でいるわ。

膝を抱えてベッドの上に一人。

そんな私の部屋の窓のカーテンを
あなたが、サッと開けてくれた。

射し込む日差し。
うららかな空。

ああ、空はこんなに青かった・・・・

もう二度と日は昇らないような気さえしていたけれど
今日も、こんなに空は青い。

穏やかに微笑むあなた。
そうだね。
空は青い。
まだ少し悲しい色にも見えるけど、
大丈夫。
私は大丈夫。

 

♪果てしなく 道は続いて見えるけれど
♪この両手は 光を抱ける

 

昨日今日明日・・・
毎日毎日毎日、淡々と続いているような気がするけど

時々、すごく嬉しいこともあるよ!

今日と同じ日は二度と来ないね。
大好きな人達に囲まれて、楽しく幸せな毎日。
ずっとこのままでいたいけど、
この当たり前のような幸せも、
いつかは形を変えてしまうものなの?

そうだとしたら・・・
今日の、この幸せに感謝したい。
この、ささやかな私の幸せに満足したい。

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♪さよならのときの 静かな胸
♪ゼロになるからだが 耳をすませる

 

世の常に習って、別れを告げる。
この体を脱ぎ捨てる時のことを想像してみる。

 

♪生きている不思議 死んでいく不思議
♪花も風も街も みんなおなじ

 

人はどこから来て、どこへ帰るの?
この世にあるもの全て、移りゆく。
私も自然のひとつとして、
自然に生きて行けばいいのね?

 

♪呼んでいる 胸のどこか奥で
♪いつも何度でも 夢を描こう

 

「もうダメだ」とくじけたことが何度あっただろう。
消えてしまいたいと祈った夜もあった。
だけど、ちゃんと私は起き上がったよ。
胸の奥で、「負けたくない!」と小さく叫んでいる私がいる。
「もう一度!」の声に立ち向かう力が私にはまだ、ある。

 

♪悲しみの数を 言い尽くすより
♪同じくちびるで そっとうたおう

 

愚痴とか文句とか・・・つい、言っちゃう。
その後で、いつも、弱い自分が嫌いになるよ。
だから、なるべくならやめよう。
代わりに、この歌を口ずさもう。

 

♪閉じていく思い出の そのなかにいつも
♪忘れたくない ささやきを聞く

 

辛かった、長年、私を苦しめた思い出も
やっと「過去」のものにできそうよ。

グチャグチャに絡んだままだった思い出の糸を
ゆっくりと、ゆっくりと時間を掛けて
丁寧に解きほぐし、一本のまっすぐな糸にできた。

今となっては、つまらないことだったとさえ思う。
こんなに悩むほどのことではなかったと。

だけど、だけど、
やはり、思い出す度、胸に冷たいしずくが落ちる。
少女だった私の気持ちが蘇る。

とても悲しく、切なくて、つらいけど、
私の大事な思い出。
彼を好きだった気持ち。
どうしようもなく気持ちが擦れ違って、戸惑ったことも。
彼を彼女に奪われ、絶望した、あの夜も。

もうずっと前のことなのに、
思い出すと、涙が溢れる。

 

♪こなごなに砕かれた 鏡の上にも
♪新しい景色が 映される

 

家の前に公園がある。
そこに植えれられている決して大きくない一本の木。
その木が、4年前のある日、荒っぽいせん定をされ、枝を失った。

無惨な姿だった。
こんなに切られてしまっては枯れるんじゃないか?と思った。

しかし、その後、その木は二股の枝を伸ばし、
少しずつ葉をつけて行った。

バッサリと頭を落とされ、年輪の見える切り口の
そのすぐ下から二本の小さな枝を伸ばす木。

・・・・それは、「私」のような気がした。
一度は、もう生きていられないと思ったけど、
やっぱり、しぶとく生命を維持して、
二人の娘を得た。

木の二本の枝も、今ではこんもりと葉が茂り、
一度は全ての枝を落とされた、あの時の面影はない。

・・・やはり、あの木は「私」かもしれない。

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♪はじまりの朝の 静かな窓
♪ゼロになるからだ 充たされてゆけ

 

ずっと、つきまとっていた苦しみ

・・・・どうして私を愛してくれなかったの?
・・・・どうして、私を裏切ったの?
・・・・謝って欲しい。
・・・・後悔していると言って欲しい。
・・・・もう一度、私に愛を誓って欲しい!

忘れたいのに。
もう、とっくの昔の出来事なのに、
全く過去の物にならず、突然、フラッシュバックする。

そのたび、いまだふさがらないままの胸の傷口から
鮮血がしたたるのを感じ
・・・そんな自分にげんなりする。。。

この苦しみは永遠に私につきまとうのだろうか?
私が私である限り、
地獄に堕ちても、きっと、きっとついてきて
私を責めるに違いない・・・・。

そう悩んでいたのが4年前。
あれから、少しずつ少しずつ・・・
友人の力にも支えられ、
やっと、落ち着いて振り返ることができるようになった。

苦しかった気持ちが消えていく。
迷宮の中でもがいていたけれど、やっと出口を見つけられた。

こんなふうに生まれ変われる日が来るとは思わなかった。

 

♪海の彼方には もう探さない
♪輝くものは いつもここに
♪わたしのなかに 見つけられたから

 

もう一度、あの人に会いたかった。
もう一度、笑って話せたら。
愚かだった私を許してもらえたら。
私のことを本当に愛していたと、それだけを言ってもらえたら・・・

ずっと、そればかりを願っていた。
それができるまでは死んでも死にきれない、とさえ。
だけど・・・

「あの人」はもうどこにもいない。
私が求めているのは「あの日、あの時」の彼。
この世に存在しているのは、
もしかしたら、もう結婚してパパになっているかも知れない彼。

その彼と、もし会ったって・・・話すことなんてない。

それに・・・
本当は私だって知っている。
彼が私を心から好きでいてくれたことを。
どんなに大切にしてくれていたかを。
結末は辛かったけど、確かに心が結び合っていた瞬間だってあった。
その想い出は、この胸の奥にちゃんと大切に残っている。

別れも・・・
残酷だったけど、
・・・誰のせいでもない。
人を恨んだこともあったけど、
今ならわかる。
誰も悪くなかった。
彼も、私も、そして彼女も
それぞれに精一杯だった。

私は今、とても幸せ。

私を必要としてくれる子供らがいる。
私に抱かれて目を閉じ眠る娘達が。

私の声に優しく応えてくれる人達もいてくれる。

一方的に体重をかけて、もたれかかるのでなく、
支え合って、
助け合えていける人達が。

生きていくこの道は、良いことばかりじゃない。
時につまづき、膝をすりむいたり、捻挫したり・・・

ぬかるみにはまって立ち往生することも。

でも、豊かな道を歩いていると胸を張れる。
これが私の道。
誰も代走はできない。
この足で歩いて行く。

2011年1月 4日 (火)

お正月明けの楽しみ・・・鯛にゅうめん

明けましておめでとうございます!

2011年・・・・今年もよろしくお願いします☆

 

大晦日は、やはり「ガキ使」にチャンネル固定されたため、

パソコンで紅白を録画しつつ、桑田さんの出番をちょこちょことチェック。

以前、中島みゆきさんも11時くらいの登場だった記憶があり、

目星をつけていたら、当たり!

まさかの新曲発表。

復帰コメント、そのままのような歌詞なのに

実は「それ行けベイビー!!」(←公式サイト。試聴あり)は、

ご病気がわかる前に既に作られていた曲だというので

二度ビックリ!

 

桑田さんも少し痩せてスッキリされた感じだけど、

お元気な姿と、変わらぬ歌声で・・・心から安堵できた。

しかし実は、主治医の先生が点滴を持って控えてくれていたとのこと。。。

・・・考えてみれば、手術は夏。まだ半年も経っていないのだものね、、、

まだまだ体調を整えるのに、時間が必要よね、、、、

ついつい、せっついてしまうけども・・・ねっっ

 

そして、元旦は「親戚を家に呼ぶ」という今年が初めての試みにチャレンジ!!!

これまでは義父母宅に皆が集まっていたの。

しかし、義母も高齢となり、昨年のお正月にラスト宣言をしたのよね・・・・

ということは!!

長男の嫁=私がやらないと・・・ですよねっっっ!?

 

比較的簡単に用意できる手巻き寿司を企画。

義妹のとこの甥はデッカイ男の子が3人もいて、

一体、何カップのお米を炊けばいいんだろう!?と、真っ青。。。

結局、13カップ炊きました。。。。

 

そんなこんなのお正月を乗り越え、

今日からは、仕事始め。

(長女のバイト、次女の塾は2日から始まっているのだけど・・・)

 

お正月のご馳走に疲れた胃にやさしい鯛にゅうめんが、今夜のメニュー。

 

1、皆がなかなか箸をつけず、食べ切れなかった鯛の姿焼きの身を取り、ほぐしておく。

2、鯛の骨と水を鍋に入れ、火にかけて出汁をとる。

3、2をザルでこして、出汁を酒、薄口しょうゆで味を調える。

4、そうめんをゆで、出汁を張る。ネギを散らす。

 

非常に簡単だけどおいしい。

年に一度のご馳走!いただきます~♪

~ようこそ~

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