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2011年7月

2011年7月29日 (金)

待ち合わせ場所

電車が終点のターミナル駅へ着く。

冷房の効いた車内から、一歩ホームへ足を踏み出すと

重く暑い不快な熱気。

長い長いホームの果てに広い改札口。

ずいぶん改装されて、以前あったはずの店がきれいになくなって、スッキリお洒落になっている。

 

あの辺りに、その昔、あの人が立っていたのに。

背の高いおじさま、なぜか唐突に有無を言わせない勢いで出張先に電話をかけてきて

誘われたデートの待ち合わせ場所。

遅れて駆け寄る私に、少年のような顔をしてぶっきらぼうに

「何でも食べるだろ?行こうか。」と歩き出した。

 

あの時のおじさんの年より、もう私は上になっちゃったよ。

 

だけど、この駅を通るたび、

あの場所にずっとおじさんは私を待って立っていてくれる。

あの時の、あの空気が残っている。

 

 

改札を抜け、3階から1階までエレベーターで降りる。

あったはずのコンビニも今はなくて、

ここで待ち合わせてた人とも、今はもう会えなくて。

 

その先の銀行の入り口は、そうね、あの人と待ち合わせた場所。

大きな荷物を抱えていた彼を、わざと遠回りに歩かせて愛を確かめた。

私が欲しいなら、そのくらいの苦行は当然でしょう?

 

建物を抜けると雑踏の交差点。

初めてのデートで、緊張でガチガチになって歩いたのは高校生の時。

確かマクドでハンバーガーを食べたんだけど、死にそうに緊張してて記憶があまりない。

 

その後、付き合った大学生の彼は、待ち合わせに必ず遅刻してくる人で

私の姿を見つけると、必ず右手を挙げて合図した。

すると私は子犬のように駆け寄って、彼は立ち止まらずにそのまま、その先にある喫茶店へと歩いて行った。

あの人は今でも、待ち合わせで片手を挙げるのかしら。

 

待ち合わせは時間がずれると、もう逢えない。

場所も年月を経て姿を変えるけど

遠い日の待ち合わせ場所に、彼らは私を待って、そこにいる。

2011年7月28日 (木)

夏っぽい柄でバッグ作ってみた

Dsc02338

 

夏っぽい、たくさん荷物が入るバッグが欲しいな~と思って

東急ハンズで、大人かわいい柄の布を見つけて、作ってみた。

 

長女には

「・・・・またカバン作るの?」と言われたけど、、、、

 

持ち手はバンブーの輪っか、

両サイドはリボンを通して、絞って結ぶという、とっても簡単な作り。

 

本屋さんで立ち読みした本に作り方が紹介されていて

とっても簡単なのに、ビックリ。

これは覚えて帰れるわー!と、頭に入れて帰宅し、翌日、作り始めたのだけど

・・・・・・あらら?と悩んで、ちょっと微妙に違う作り方になってしまった。。。

 

・・・ぅぅ、、、、

以前なら、ちゃーんと覚えて帰れたのになぁ~

ビーズの編み図まで、立ち読みで脳内コピーできたのにぃ~

・・・・つ、疲れていたせいよねっっ

と・・年のせいなんかじゃないんだからねーーーっっ

2011年7月25日 (月)

仙台の友人から葉書が届いた

東北の大震災で、仙台に住む学生時代の友人のことが一番、気がかりだった。

仙台市若林区も大きな被害を受けたとニュースで見聞きするたび、胸が痛かった。

 

どうしているかハガキでも出してみようかと思ったけど、震災直後は郵便も届かないみたいで・・・・

暑中見舞いを出そうと思っていた矢先、「転居しました」ハガキが届いた!

 

家族揃って、近くの新しいおうちに移った、とのこと。

揃ってご無事で、本当に良かった・・・・!

 

学生時代の仲間にメールで伝えると、皆、喜んでいた。

関東に住む小さい子がいる友人は、学校のプールに入れるか入れないか、

運動会の組み立て体操は土が体につくので是か非か・・・問題を抱えて大変って、内容の返信がきた。

 

放射能の問題が大きくのしかかり、本格的な復興はまだ果てしない道のりに見える。

震災から4ヶ月を経ても、まだまだ大きな余震が続いているし・・・ね。

昨日は、関西(奈良)でも揺れたものね。

 

早く、なんとか万事落ち着いてほしいと祈るばかり・・・

2011年7月20日 (水)

「あさきゆめみし」(大和和紀)二十数年ぶりに読んでみたら・・・

高3で受験生の次女が、友人から「あさきゆめみし」全巻を借りてきた。

塾の古文の先生が、「漫画でもいいから一度全部読んで源氏物語の話の筋を頭に入れておけ」と指導したらしい。

 

「あさきゆめみし」は、かの紫式部の「源氏物語」をほぼ忠実に漫画化した作品。

※試し読みサイト→ 「源氏物語 あさきゆめみし 完全版 1巻 The Tale of Genji

 

ちょうど私が高校生の頃に連載されていて、リアルタイムで友達から借りて単行本を読んでいたのだけど、

あまりにも浮気な源氏に当時の私はついていけず、

3巻くらい(源氏が明石へ流されるあたり)までしか読んでいなかったのだった。

 

正室の葵上を大切に愛さず、浮気に走る源氏が許せなかった。

あれから二十数年・・・・・

四半世紀を経て、読み返す「あさきゆめみし」は・・・・・・

 

やっぱり、源氏の浮気に呆れましたわ・・・・・・

 

年上が好きなのか!?と思いきや、

幼女に走って、いきなり襲うしーーーー・・・

謎の迷走。意味のわからない驚きの行動力!!

今の世なら、完全に犯罪やん!?

 

いや、もう・・・・ジェンダーとかもね、

こういう、女性が思い通りには生きられないつらい時代を経て、

今の、女性がやたら強い社会があるわけよね・・・

 

まぁ、とにかく女性側には選択の権利がほとんどなくて、

自立できず、男性の助けを頼って生きていく道しかなく、

しかも、お姫さまは、たくさんの侍従たちの生活も抱えているわけで

自分の気持ちだけで勝手なこともできない。

最終手段は、尼になる出家だけ。

いきなり、誰だかわからない男性に襲われても納得せざるを得ない構造になってしまっていて、

本当に気の毒としか言いようがない。

 

しかし、それを乗り越え、子をなし、妻の座の地位を固めたら強いのだけど

それでも、男性の浮気心に翻弄され、不安定な人生の浮き沈みにあっぷあっぷともがきながら生きていく・・・・そんな女性たちの様々な姿が描かれている。

 

愛した人の面影を、ずっと心に抱き続け、求める源氏の気持ち、

今なら私にもわかる。

自分とは愛し合えない、もう二度と会えない人とわかっていても、

だからこそなお、心が求めてしまう。

なんでこんな馬鹿なことをしているんだろう?と思うのに、気持ちを止められない。

 

そういう気持ちって、1000年前の人も同じように持っていて苦悩していたんだ・・・って思うと

なんだか・・・とっても不思議で、面白い。

1000年経っても、きっとこれからも、人は同じようなことに心を悩ませ、煩悩を募らせるのね。

 

そして若い時に自分がしたことのしっぺ返しが、晩年の源氏にやってくる。

因果応報。

自分の子ではない赤ちゃんを、「自分の子」として抱くことになり、

昔、実父にした罪が自分に跳ね返ってくる。

(実父(帝)の後妻(藤壺)と契り、彼女が妊娠。事実は明かせず、その子は源氏の弟として育てられる。)

 

源氏は、まぁとにかくイケメンで、

外聞を気にするので、晩年も最後にイケメンっぷりを皆に見せてから

ひっそりと亡くなる。

ほんま、メチャクチャやな~~と思うけど、それでも第一部のラスト、様々な回想が想い出と共に繰り広げられ

ああ、これがこの人の生き様、一生だったのね・・・と目頭が熱くなった。

 

人の噂にかなり左右される社会なんだなぁ、と読んでいて感じたが、

よくよく考えると、源氏物語って帝や皇子が出てくるロイヤルファミリーのお話だから、

今も昔も皇族の話はワイドショーや女性週刊誌の定番話題、

みんなの噂になるのよね。

 

第二部の柏木もなんだか気の毒でねぇ・・・・

イケメン源氏の息子、父親そっくりという美少年 夕霧が、どうしたことか堅物で

年を取って、「宇治十帖」編の頃にはすっかりウザイ親父扱いになってるのが笑えた。

 

薫(源氏の息子だが、実は正妻と柏木の不倫の子)もね~~~

なんちゅーか・・・・タイミングの悪いやつで・・・・・・

容姿、教養、身分・・・全てにおいて申し分ないのにねぇ・・・・・

なんで幸せになれないのか。・・・哀しいわねぇ、人って。

 

しっかし、日本家屋って、よく考えたらいろいろと筒抜けよね。

話し声とか、衣擦れの音とか・・・少しくらい離れていても聞こえちゃうよねー!

そこがまた、いいんだろうけど。

 

当時は身分の高い女性は御簾の中に隠れて、直接、見ることはできない。

人に見られるかもしれない廊下に立つことも「お行儀が悪いこと」だった。

それだけに、垣根越しにチラッと美人の姿を覗くのはドキドキするし、

禁を破って、御簾を越えて抱きしめちゃう情熱も素敵。

 

一番、おおっ!と思ったのは、

片思いの大君に気持ちが通じず、「会いたくない」と障子に鍵までされて

普段は理性的な薫が

「こんな障子など蹴破ってでも中に入れるのですよ」

と、すごむセリフ!

 

全くだ!蹴破っちまえ!!と思うくらい大君が面倒くさいのよ~~

実際、障子なんて若い男の子が蹴破ったら、簡単に入れるよねー

だけど、薫はそんなことはしないんだけどね。

 

いやはやー

「源氏物語」、すごいです。

やっぱり面白いです。

韓流ドラマ顔負けのジェットコースターストーリー☆

「わかる!わかる!!」と

「ありえへんやろー!!」が交互にやってきて、話に飽きません!

 

そこそこの年齢になってから、読み返す「あさきゆめみし」

なかなかいいものですわよ♪

2011年7月19日 (火)

梅蘭の焼きそば、食べたよ!

横浜の中華「梅蘭」の焼きそばがおいしいとテレビで絶賛されているのを見たのが

ちょうど2008年の桑田さんのAAAライブへ行く前くらいで、

中華街にも近いホテルに泊まったから行ってみたいな~と思ってたんだけど行けなかった。

以来、3年くらい私の「いつかは食べてみたいものランキング」の上位にいた

あの!梅蘭の焼きそばを、ついに頂くことができましたー☆

 

横浜まで行かないと食べられない・・と思っていた梅蘭が、なんと近場の大阪・天王寺のQ’MALLに入って、ラッキー!

でも、やっぱり土日の夜はかなり混んでて、大変。

夕方6時過ぎの時点でも既に、かなりの人数が待っている状態。

ウエイティングシートに名前を書き、小一時間ほどバーゲンを見に行っていたら、ちょうどおなかが空いた頃に順番になった。

 

施設そのものが春にオープンしたばかりなので、とってもキレイな店内。

男性店員さんの制服が黒で、なんだかえらくイケメンに見える。どうしたことか!

 

3年越しで憧れた梅蘭の焼きそば。

期待が高くて、もしかしたら少しガッカリしてしまうかもしれない・・・・なんて心配は要らなかった!

噂にたがわず・・・おいしいじゃないのー!!

 

2011071719220000

 

焼きそば+ふかひれスープ+エビチリ+杏仁豆腐のセットを頼んだんだけど、

どれもおいしかった!

ピリッとした辛味がきつ過ぎず、弱過ぎず、上品でよろしい。

焼きそばも、外はカリッと、中からトロリあんが溢れて・・・・箸がとまりません~

 

食べ応えもあって、かなり満腹~~

でも、もたれないのがいいね。

 

 

主人も次女も喜んでくれていたので(長女は友達と飲み会・・・)

また行けそうな予感~♪

友達にも教えてあげたいなー

2011年7月15日 (金)

「ゼルダの伝説 時のオカリナ」再び・・・

任天堂ゲームの名作「ゼルダの伝説 時のオカリナ」が3Dになって発売される。

嵐のメンバー出演CMがよくテレビで流れていて、

♪チャラチャラチャラララーーン

というゲームの音が流れるたびに、

1998年当時、64で「時のオカリナ」をし倒したうちの家族は皆、

耳がピクッ!!となって反応してしまう。せざるを得ない!

 

当時はまだ子どもも小さく、次女は幼稚園児だった。

ゾンビなども出てくるこのゲームを怖がりながらも、真剣に見ていた。

プレイしていたのは主人だけど、家族一丸となって真剣に戦っていた。(攻略本片手に!)

 

主人もまだ30代だったわけで、今から思うと若かった。

仕事で疲れて帰って来てからも、

寝る前に少し、愛馬エポナに乗って、ゲーム内の大草原を走って気晴らししていた。

それほど、なかなか出来のいいゲームだった。

 

私はゲームで敵と戦うのは苦手なので、ほとんどプレイしていないが、

ミニゲームの流鏑馬(やぶさめ。馬に乗りながら弓を討つ)にはまり、そこだけは楽しんだ。

 

子供たちは小さかったこともあり、ギャラリーとして声援を送っていた。

特に次女は、いつも攻略本をめくって、プレイ中のページを開きスタンバイしていた。

普段は頼りない感じの次女だが、こういうところで妙にしっかりしているのが不思議だった。

 

しかし、まぁ親子でゲームを楽しめている様子も、なかなかいいものだと思っていたのだが・・・・

幼稚園の父の日のお絵かきが、

「ゲームしているおとうさん」の絵で、

コントローラーを握り、テレビに向かって座るお父さんの後ろ姿を描き・・・・・・

 

「やめてくれええええええええええ!!!!」

 

と内心叫んで、汗をかいた。。。。

 

 

そんなこんなの想い出が残る「ゼルダの伝説 時のオカリナ」。

今またCMで見ることになるなんて。

 

嵐の二宮くんがCMで語る

「ゼルタのいいところポイント」は、うちの家族は皆、「うんうん」とわかるのだ。

CMで流れるゲーム画面も「ああ、あそこだなぁ」と思い出される。

遠くなっていた記憶が掘り起こされるような感覚を伴って

「ああ、そうそう」とうなづく。

 

ところが、何種類かある二宮くんのCMで

「あの当時には最後まで行ってない気がする。行けなかったんだよなぁ・・・」

と二宮くんが話した途端、

いつもは温厚な主人が

 

「なんや、最後までいってないんか」

 

妙に勝ち誇ったように、さりげなく言い放ったのに、思わず笑ってしまった。

・・・・全く~

今をときめくニノに・・・ね!そんなこと言ったら世の女の子のヒンシュク受けまくりなのにね。

 

実際、このゲームの謎解きは結構難解で、攻略本を持っていても、そうすんなりとはクリアできなかった。

苦労して、やっと迎えたエンディングは、なんともいいもので、見ごたえがあった。

 

ゲームだけど、

家族共通の想い出になっている「ゼルダの伝説 時のオカリナ」。

今、また3Dとして発売されるってことは・・・やっぱり良作だったのね。

2011年7月14日 (木)

父の入院+母の混乱

先週、父が鼠径ヘルニアの手術を受けた。

開腹ではなく腹腔鏡を使った手術で、痛みの少ない根治術だそう。

おかげで3日の入院で父は無事、退院。

体力も、さほど奪われることなく元気に帰宅できた。

 

一方、母はその間、ショートステイできる施設に入っていた。

私が実家に泊まって、母をみて、通い慣れているデイサービスの施設にそのまま続けて行って、

普段の生活をなるべく変えない方が良いと父に話したのだけど

「大丈夫だから」と固辞され、ケアマネージャーさんに紹介された自宅とは少し離れた場所の施設に母を預けた。

 

入所初日から、母は「ここは嫌だ」と言い、

二日目、私が様子を見に行った際も、しょぼんとした表情で泣いていた。

その夜には、「帰る」と荷物をまとめ始め、エレベーターの前に行き、

職員さんが引きとめてくれたそうだ。

 

それを聞いたのは、三日目、父が手術をした日。

全身麻酔から覚めたばかりの父に相談するのも憚られた。

翌日、四日目、母の状態について父に相談しようと早めに病院へ行った。

 

すると、私が話し始める前に

父は自分の回復ぶりを誇示し、さらに

「体調はいいが、(母のショートステイ入所予定期限の)11日まで(つまり一週間)入院していようと思う。看護婦さんもそれでもいいと言ってくれた」などと言い出す。

・・・・・・う~ん、、、

母が問題なく、機嫌よく施設で過ごしてくれているなら、傷が塞がるまで、ゆっくり入院の延長もいいと思うのだけど・・・ね。

母の状態を話し、なるべく早く退所させ、自宅へ連れ戻したほうがいいと話すと、

 

「・・・わかってくれてると思ったのに。(施設が不満足でも)少しは我慢してくれてもいいはずなのに。

そんなことを言い出すとは・・・・情けない。」

・・・・などと言い出す。

そうじゃないのに、なぁ・・・・・。

母は必死で我慢してるのに。

父が手術で入院していることも、わかっているし

退院後もしばらくは無理をさせられない、とも話していた。

 

ただ・・・・

やはり認知症だから、

時々、状況把握が悪くなる。

「(私は)どこも悪くないのに、どうして入院しているんだろう」と言ったり

「11日まで」という日にちは覚えていても、それが後何日なのか期間の把握がいまいちで

「明後日まで?」と言ったりする。(その時点ではまだ11日は4日後だった。)

 

とにかく表情が悪く、能面のような無表情。

私が冗談を言うと、時折微かに笑うものの

よく涙をこぼした。

 

それでも3時のおやつに出たお饅頭を半分に分けて、私にくれた。

そういう優しさ、人間らしい心配りはちゃんと残してくれているのが嬉しかった。

 

 

自宅に帰宅したら母も落ち着くかと思ったのだけど

環境の急変が続き、状態は悪化。

表情がなく、夕食も「いらない」と拒否。

 

その夜は、私も実家に泊まって家事を手伝ったのだけど

久しぶりに実家で親子で眠るのに、なんだかしっくりと落ち着かない空気。

夜中も何度か母はむくりと上体を起こしてキョロキョロと見回して

「どうした?」と声をかけられては、また黙って横になって眠った。

 

翌日はデイサービスへ行くことになっていて、

迎えの車が来て、いつものスタッフさんが挨拶してくれると、喜んで母は乗り出かけて行った。

よく眠れず、疲れていた父と私はお昼寝して休息。

夕方に帰宅した時も、母は「日常」を取り戻せたのか、笑顔になっていて一安心。

その笑顔を見届けて、私も帰宅したのだけど

翌日の夕方に父からのSOS電話があって、ビックリ。。。。。

 

その日、母はデイサービスは休んで、一日家でゆっくり過ごすことになっていたのだけど

食事を拒否し、硬い表情で押し黙り、

そうかと思えば、父に攻撃的な言葉を言ったりと、激しい荒れ模様で

精神的にホトホト疲れた父が電話をかけてきたのだった。

 

性格の豹変は脳梗塞の再発の前触れではないかと父は心配していた。

(以前がそうだったらしい。)

認知症だと、環境の変化は大きなストレスになる。

知っている人がスタッフにも入所者にも、一人もいない施設で過ごすことがどんなに母にとってつらかったか。

ここにきて、ようやく父も理解できたようで

施設に預けず、私に実家に来てもらい「いつもの生活」を続けさせておけばよかった、と

力を落とした声で言った。

 

父も手術後の病み上がりなのに・・・・あまりに気の毒で、ね。

内心「だから最初に言ったじゃないのー」と思ったが、口には出せず

一時的な精神の乱れだから、徐々に落ち着いてくるだろう、という見通しを話した。

しかし、それは入所していた期間の倍の日数は回復にかかるだろう、とも付け加えた。

 

翌月曜日の朝一番に、父はかかりつけのクリニックに母を連れて行ったが、

異常なしとの診察。

かかりつけの医師の前では、母もしゃんとした様子で、

その帰りにそのままデイサービスへ行くか?と訊ねると「行きたい」との返事。

夕方、デイサービスから帰宅した時もご機嫌だったらしい。

 

「環境の変化が認知症患者には良くない」とは聞いて知っていたけれど

ここまでの影響が出るとは私も思わなかったので驚いた。

 

父の入院(=母の入所)前までは、母の精神状態はとても落ち着いていて

こちらの話している内容も、ちゃんと理解してくれていることが感じられていただけに

「まさか」という思いが父にもあったと思う。

しかし・・・

今回のことで、母は本当に認知症なんだなぁ・・・と感じた。

それでも、落ち着いた生活を過ごしていたら、コミュニケーションはまずまず取れるわけだから、良しとせねばならないのだろう。

 

それにしても・・・・・

父も高齢なわけで、将来的に私が主となって介護しないといけなくなった場合、

一体、どうしたらいいんだろう?

・・・・・と考えても、今の時点でいい方法なんて考えつかない。

その時の、その状況次第なのだ。

 

それよりは、今の、このまだ比較的元気でしっかりしている父と母に

毎日の生活を、できるだけ質良く、暮らしていってほしい。

そのために私が何をできるか・・・なのだ。

2011年7月 7日 (木)

自分へのご褒美スイーツ「Dominique ドミニク」カヌレ

入院している父を見舞い、母の様子を覗いて

遅くなった帰路、

夕食の買い物にデパ地下へ寄ると、期間限定出店のお店で試食があり、

頂いてみると・・・・・疲れていたせいか、ものすごくおいしかった!

 

その日は急いでいたので買わずに帰ったのだけど、

帰宅してからも、やっぱり気になり、翌日ついに購入!

 

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「Dominique ドミニク」カヌレ

疲れた心と体をいたわってくれる上品な甘さ。

もっちりした食感がいい。

が・・・がんばってるもん!このくらいのご褒美・・・・いいよねっっ??

 

・・・・・・・・とか言って食べてるので、

猛暑の中、駅から病院まで歩いて通っているにも関わらず

体重・・・・減らない~~~ あああああ。。。。

2011年7月 5日 (火)

父の入院

ヘルニアで手術をする実家の父(78歳)が入院するのに、付き添った。

 

長らく、手術も入院も縁のなかった父、

入院準備段階からテンション上がりまくりで、

段取りをああでもない、こうでもないと考え、考え過ぎて・・・もう大変!

 

「こうしましょう」と決めた段取りを半日で180度変えてくる荒業に私も振り回され、

精神的にかなり疲れた。。。

入院直前の今朝ですら、私の到着を待てず、携帯にかけてきて

「一緒にタクシーで病院へ行く」段取りを

「もう間に合わん!俺、先にタクシーで行くから。駅へ。いや、病院へ。」

 

・・・どっちやねん!?

焦りすぎだってば、、、、、

結局、私のほうが先に病院に着いたし~~~

 

病室に入ってからも、妙な興奮状態が続いている父。

大部屋なのに、ずーーーっとしゃべりまくるので、とりあえず談話室に移動。。。。

 

談話室では、なぜか体操を始めるし~~~~

それなのに、手術については

「俺はなんとも思ってへん。なるようにしか、ならんもん。」

と腹をくくっているような発言をするのだけど・・・ね。

 

 

一方、要介護の母は、ショートステイのできる施設に預けることになり、既に昨日入所。

今日、私も様子を見に行ったのだが

いつも通っているデイサービスの施設のアットホームな雰囲気とは違うのに、母は少し戸惑い、

「どんな所だろう!?」とワクワクしていた気持ちがガッカリに変わってしまって

いつもの笑顔が消えてしまっていた・・・。

 

だから私が実家に泊まって、母にはいつものデイサービスに通ってもらうようにする、って言ってたのに~

やっぱり、高齢になってからの環境の急変は・・・よろしくないんだなぁ、と父からも母からも感じたわ。

 

ショートステイ施設に私が着いた時、ちょうど母はお風呂に行っていて、

しばらく待っていると体格のいいおにいちゃんの介護士さんに車椅子を押され、母が部屋に戻ってきた。

母と話している間にも、その介護士さんは隣のベッドのシーツ替えに来られた。

すると、母が

 

「あの人・・・・どこかで見たことがあるような気がする。」

 

と言う。

いや・・・さっき、お風呂に一緒に行ってくれてた方やん、、、、

つい、さっきのことなのに・・・・・。

まだ入所して間もないからスタッフの顔が覚えきれないのかな・・・?

いや、それにしても・・・・・思った以上に痴呆が進んでいるのかな・・・・・・

と内心、考えていると、なんと!その介護士のおにいちゃんが

 

「あの・・・・失礼ですけど・・・・・○○さん(母の苗字)ですよね?

僕もお見かけした記憶があるんです。」 

 

などと言い出すではないか!!!

 

よく聞いてみると、2~3年前、母が脳梗塞で入院していた病院で、その介護士さんはリハビリを担当されていたとのこと。

・・・・覚えていたのか、、、、母!!!

こりゃ、痴呆が進むどころか、思った以上にしっかりしているわ。。。。

 

さて、明日はいよいよ父の手術。

全身麻酔を前に父、テンションMAX!!!なんだろうなぁ・・・・・・・・・

がんばって付き添ってきますわ~~

2011年7月 4日 (月)

「マルモのおきて」最終回ラストシーンは・・・

長女(20歳)お気に入りのドラマ「マルモのおきて」。

「芦田愛菜ちゃん、かわいい~~!」と絶賛しつつ

♪まるまるもりもりー と歌って踊る長女。

 

昨日は、ついに最終回。

双子を母親へ帰す・・・・という流れのところまで見て、

私はお風呂の順番になり、テレビの前を離れた。

 

入浴中も、なんとなくドラマの展開が気になって、

結末はどうなるのかな~?と考えてた。

 

【結末1】

双子がお母さんの元へ帰ると決まった直後に、

そのお母さんが事故に遭い、帰らぬ人に・・・・・

死んだと聞かされていたお母さんは本当にいなくなってしまった。

双子は、今まで通り、マルモのところで生活をすることにーーーー

 

・・・・・いやいや、こんな鬱展開ありえんでしょ~~~

めっちゃ後味悪いやんっっ

  

【結末2】

双子を母親の元へ返し、広々とした部屋でなんとなく寂しさを感じるマルモ。

そこへやってくる双子達。

「勝手に戻ってきたのか!?」と怒ろうとすると、なんと彼らの背後には母親の姿も。

マルモの部屋の隣に引っ越してきたのだ。

これまで通り、マルモの部屋にも行き来しつつの生活になる。

数年後、中学(高校)生になった双子。

イケメンになった友樹(福くん)はめっきり無口に。

ギャルになった薫(愛菜ちゃん)はマルモに反抗的な口を聞く。

「あいつらも大きくなって偉そうになりやがって・・・」と昔を懐かしむマルモ。

・・・・にかぶせて「マル・モリ!ダンス」のかわいい踊りで締め・・・・

 

これはなかなかいいんじゃないか?

当たりじゃないのか??

お風呂から上がり、ドラマを最後まで見ていた長女に聞いてみたら、

なんとも中途半端な終わり方で「え?」と思ったら、「スペシャル決定!」が告知されたとのこと。。。

 

※ネタバレ※

いったん母親の元に双子を返すが、

「こんなにいい子たちになってくれたのはマルモさんのおかげです。私は少しずつゆっくりと母親になります」

と母親がマルモへ双子を預けにくる。それをマルモも受け入れ、元通りの生活へ・・・・が本編のラスト。(長女からの聞き取りですが)

・・・・・・・ね?ちょっと不自然でしょ?

いやいやいや!なんでまた預けるねん?根性出して育てんかい~!とツッコミたい。

 

 

まぁ・・・・

視聴率良かったもんな~ そりゃあスペシャル番組を組むよねぇ・・・・

その話に続けるための微妙なラストだったのか。

 

なるほど、それなら

お母さんが隣の部屋に引っ越してきたらいいかもね!

 

と言うか、マルモは独身なんだから、

お母さんと結婚して、それこそ本当の家族になれば一番早い。

・・・・・でも、まぁ・・・親友の奥さんだった人とってのは、なかなかそうはいかない・・かなぁ?

~ようこそ~

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