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2014年5月

2014年5月30日 (金)

潔癖な彼

中学での放課後自習教室にて。

 

終了時刻を過ぎても、「このプリントまでやってしまいたい。」という生徒がいたので

時間延長し、中1の生徒3人と監督役の私で教室に残っていた。

すると、プリントをノートに貼るため余白部分を切ってた女子が

「これ、捨ててきて。」と男子に言い、ゴミを捨てさせた。

それをまた、非常に素直にその男子も従うので

 

「ちょっと~ 自分のゴミは自分で捨てなさいよ~

あんたも言うこと聞いたらアカン。断っていいんやで?」

 

と口を挟んだ。

「そうや、自分で捨て。」

 

同調してくれたのは、もう一人の女の子で、肝心の男子は黙っている。

紙を切ってる女子は、

 

「わかったって~ 捨てるって~」

 

と今度は、紙くずをまるめてゴミ箱へ投げた。

が、紙はゴミ箱手前で落ちてしまった。

 

「あ~あ。」

「へたくそ!」

「もっと紙をちゃんと丸めないと。」

「捨てておいて。」

 

女子が再度命じると、その男子はまたすぐに動いて床に落ちた紙を拾い、ゴミ箱へと捨てる。

 

・・・・これじゃあ、下僕じゃないの~~~~

だめよ、彼女のわがままに付き合い過ぎ!

 

「・・・・汚いのが嫌なんです。」

 

男の子はそう言ってポケットからハンカチを取り出し、丁寧に指をぬぐっている。

 

なるほど。潔癖なんだ。

まぁ、悪いことじゃないけど、行き過ぎるといろいろ大変だわよ。

 

うちの娘たちなんか、今でこそハンカチをちゃんと持って出かけるけど

中学の時なんて結構、忘れてたわよ。

あ、でも、あんたは毎日ハンカチ持ってるから貸せるよね。

 

「えぇっ!?ハンカチを持っていないなんてーーー

ハンカチを共有するなんて絶対イヤや!」

 

え?そんなにイヤ?

もし、恋人とかでも?

 

「イヤ。」

 

あらまぁ・・・

じゃあさ、

「君の風邪を俺に移せ。」とかって言わないの?

 

「わぁ~~!言われたいーー!!それ!」

 

反応したのはプリントの残りをやり続けていた女子。

少女マンガのキスシーンでお決まりのセリフに過剰に反応した。

しかし、男子は頑なに

 

「なんやそれ?なんで移されなアカンねん。絶対イヤや。」

 

ん~~、じゃあ

デートで二人でお店に入ってケーキ食べてて

「あ、それ一口ほしい~」って言われたら、どうするん?あげへんの?

 

「・・・・・・・・・いや。」

 

「えーーーっ!!!!」

 

これには女子二人+私、総動員でブーイング。

ケーキを一口くれないなんて、許せないわよっ!!!

 

「ほんなら、間接キスも無理やん?」

 

紙を切っていた女子が言う。

いわんや、直接キスなど到底無理・・・と言外に含ませて。

 

あー、ちょっと話を手前に引き戻して、中学生らしい感じにせねば、ね。

んじゃ、手をつなぐ・・とかは?それもイヤ?

 

「・・・・・イヤやけど・・・」

 

「それもイヤなんや!?」

 

またもやブーイングが再燃。

 

「・・・20秒間手を洗って雑菌を取ってくれたら、つなげる。」

 

そ、そうなんやーーーー

あんた、そんなロマンスのかけらもない・・・

恋愛ってのは、タイミング勝負なのよ!?

それをあんた・・・

「今から手を繋ぎたいので、そこで20秒間、手を洗ってくれる?消毒液もあるし。」

って恋人を手洗い場に連れて行くんかい!?

 

でも、いつか

「あんなことも言ってたなぁ~」って日がくるかもね。

大学生になっていきなりチャラくなって、女の子ゾロゾロ連れて歩いてたりしてね?

 

軽口を言うと、クスッと男子も笑った。

 

高校生になってさ、「あんた、この前女の子と歩いてたの、見たよーっ!」とか言いたいな!

そういう未来、希望!!

 

更にそう言うと、彼はまだ見えない未来をイメージしている瞳をして微笑んでいた。

 

そんな話をしているうちに時間となり、教室を締め廊下へ出ると

その男子が近寄って来て、私に言った。

 

「でも、入院しているおじいちゃんが目を覚ますなら手を握ってもいいと思う。」

 

前日、祖父の容態急変の連絡を受け彼は授業途中で早退し、病院に駆けつけていたのだ。

なんとか持ちこたえたものの予断を許さず集中治療室に入っているのだった。

  

そうか、それは是非、手を握ってあげるべきよ。

おじいちゃんに意識がなくても、きっと伝わるはず。

中学生の若いエネルギーを分けてあげてほしいわ。

 

病院だと、あんたの方が20秒間しっかり手洗いする必要がありそうだけど。

 

でも、大事な人の手を握れるのなら、彼の潔癖も大丈夫かもね。

廊下を歩いて行く小柄な後姿を眺めつつ、一安心。

2014年5月29日 (木)

一人じゃないと思えれば強くなれる

同窓会での話をもう一つ。

 

楽しい仲間たちと一緒に過ごした、いい想い出がいっぱいの学校生活の中で

たった一つだけ、とても嫌な思いもした。

 

同じ方向へ帰るグループの一人から執拗なストーカー行為を受け、深刻に悩んでいた。

今でも思い出すだけでゾッとするし、

街中で似た人を見つけただけで、真っ青になって逃げだしたくなる。

 

今でこそ、ストーカー被害は周知されたが

30年前には、「ストーカー」という言葉さえなく、

人に説明ができずに困った。

さらに、説明しようとすると私自身が嫌悪感で非常に感情的になってしまうため、よけい相手に伝わりにくいという悪循環…。

ただの痴話げんかと思われてしまうことも多かった。

 

というのも、ストーカーというのは知能犯で

私が相談しそうな人に先手を打って

「めるちゃんとつきあってるんだけど、彼女がすねて困る。」と先に相談しているのだ・・・。

もちろん、「つきあってる」なんていうのはヤツの妄想なのだが、相談された人は信じ込む。

だから、後から相談しようとしてもニヤニヤと笑って応じられ、ちゃんと聞いてもらえない。

その絶望感たるやーーーーー

 

つけ回しもひどく、無言電話も深夜でもお構いなしに毎日かかってきた。

頭がおかしくなりそうだった。

いつか刺されるんじゃないかという恐怖もあった。

 

正直に話しても、父親も、当時の恋人も

そこまで深刻な事態とは思ってくれず、具体的な助けは得られなかった。

 

ストーカーを受けた苦しみと共に

この孤立無援感が、とてもつらかった。

 

なんの因果で、この私がこんな苦しみを味わわなければならないのか?

理不尽な思いに歯噛みしていた。

 

3年近く経って、ようやくストーカーと距離ができ、いやがらせはなくなったが

心についた傷は深かった。

男性に背後から気配なしにやって来られたり、

暗い所から急に男性が現れたりすると、過剰に驚いてしまう。

それが主人であっても。

申し訳ないくらい恐怖を感じてしまう。

 

その後、ストーカー殺人事件が起こり、世の中にストーカーというものが広く認知されるようになった。

昔、説明に困ったことが「ストーカー」という一言で簡単明瞭にできるのが、ありがたい。

そうして、被害のつらさも周囲に理解してもらえるようになった。

 

今回の同窓会の席で、みんなにそれを話せて、わかってもらえた。

皆にうなづいてもらえて、味方になってくれているのを感じ、ものすごく嬉しかった。

 

もうずいぶん昔のことで、今は被害に遭っているわけではないのだけど。

それでも、心の奥に固まっていた棘のようなものが氷解し、抜け落ちるのを感じた。

みんながわかってくれたーーーそれが、とても嬉しかった。

30年前の、絶望感や孤立無援感に苦しんでいた私に教えてやりたい、いつかこんな日がくるんだと。

もう怖くない。

みんなも私を守ってくれる。

私も今なら嫌がらせなどピシャリとはねつけられる。

大丈夫だ、と30年経ってようやく深く安堵。

100の言葉より1秒で伝わる

懐かしい仲間たちとの同窓会。

 

出会った当時18歳だった仲間たちも、すでに妙齢。

でも、みんな不思議なほど変わらない。

女子は綺麗になったと思うくらい。美魔女率高い!

 

お開きになる直前、

同い年の男の子(今や「子」ではないのだけど)が

 

「○○(旧姓)!!」

 

と私を大声で呼んだ。

旧姓で呼ばれて自分のことだとピンと来なくなっていることに年月を感じつつ振り向くと、

彼が腕相撲のように右手を差し出してきた。

反射的に私も右手を出す。

ガシィッ!!と手を握り見詰め合うと

100の言葉より伝わってくる「友情の絆」を1秒で感じた。

 

そのインパクト!

うわぁ、こんなの久しぶりだ~とビックリした。

私にそんなことをする人は、まずいないのだ。

よく思い出したら、前回この「ガシィッ!」をしたのは、やはり彼とだった。

それで、その時もこれはなかなかいいものだ、と思い

当時、仕事に行っていた中学の、ちょっとワルめの男子が

100m走のタイムを自慢してきたので

「おおっ!やったな!!」と手を出し、彼が出してきた手を

ガシィッ!!と握ってやったら

嬉しさと照れと驚きに動揺した瞳の揺らぎを目の当たりにして面白かったんだ。

 

彼はそれを知っているから意図的に手を差し出すんだろうか?

いや、よーく思い出すと30年前から彼は、ここぞという時の挨拶として

このガシィッ!をしていた。

 

絆を感じあえる人と、手を握り合ってみるといい。 

一瞬だけど、無敵感を味わえる。

「ふはははっ!」と高笑いしたくなるくらい。

 

今の子はハイタッチで「いぇ~いっ!」ってのが主流だけど、

それよりも、私たち世代は濃い。

 

30年前、まだ何者でもなく真っ白い未来を目の前にもがいていた私たちは

あれから、それぞれの人生を歩んでいろんな肩書きのつく身になったわけだけど、

顔を合わせると、そういうのをスッ飛ばして

「あの頃」の何にも捉われない自由な自分に戻って

ワイワイガヤガヤ、笑って話せる。

タイムマシーンに乗って旅した気分の同窓会。

  

2014年5月23日 (金)

がまぐちバッグ作ったよ

Dsc05192

がまぐちバッグ…と言っても

これは、ベンリータイプなので、誰でも簡単に作れるがまぐち。

棒に布を通して仕上げる。

 

昨年の春に京都へ出かけた時に

まつひろ商店 で口金だけを購入した。

まつひろ商店には、かわいい生地をつかったがま口がたくさん置いてあるが

口金のみの販売もしている。

大阪の大手の手芸ショップにもないタイプが売られていてテンションが上がった。

 

気に入った生地を見つけたらバッグを作ろう、と考えている間に一年が過ぎ、

今年の春になって、近鉄百貨店の大阪の地場産業を集めた催し場で

素敵な布を発見!

松尾捺染のハギレが、これはちょっと見かけない質の良さだと一目ボレ!

即決で購入。

その勢いでバッグを製作!

持ち手は娘の古いバッグについていたものを再利用。

 

作ってみると、がま口の締りが甘く、開きやすかったので

先日、京都へ出かけた際にまつひろ商店へ寄り調節してもらった。

職人のおじいさんが丁寧に調節してくれて、きっちりパチン!と閉まるようになった。

 

その時に、改めてお店に置いてある同タイプの商品を見てみたのだけど

やはり布は、もっと厚みを持たせてあった。

夏の柄の生地だから、キルティングにすると熱いかな~、

元々、しっかりした布だから二枚重ねで十分だろうと思ったが、

口金金具の収まりを考えると、もっと厚みをつけた方がよかったように思う。

 

また、口のところのひだひだフリルになる部分は、もう少し長めにすればよかった。

この長さだと、口金を開け閉めする時にちょうどフリルが挟まってしまうのだ、、、

 

秋冬バージョンの布で再度チャレンジのつもり♪

2014年5月19日 (月)

ポール、早く良くなってね

ポール・マッカートニー再来日アウト・ゼアー 東京公演が中止になってしまった。

たくさんの人がワクワクしながら待っていたコンサート。

突然の中止に皆、驚いた。

 

大阪・長居でのチケットはもう入手済み。

地元での、まさかの公演に主人もかなりテンションが上がっているのだけど、

大丈夫かな~~と不安。

若者なら、一晩寝たら体調不良もケロッと治るかもしれないけど

高齢になってくると、そうはいかないものね、、、

 

とにかく、ポールにはとりあえず体をゆっくり休めて

体調を整えてほしいわ・・・

至宝ですもの。ポールの歌声は。

 

長居近隣の家々には、このようなチラシが配布されている。

 

1_2_3

2_2

もう設営、始まってるのよ~~大阪!

ああん、これで期待するなってほうが無理なのよ~~

でも、でも!

ポールの体調も心配。。。

無理はしてほしくないしね。

二時間半のステージ、かなりの体力が必要だもの。

 

それにつけても、昨秋、京セラドームで観たポールのあの元気、

驚異の体力を思い出さずにいられない。

年齢を感じさせなかったもんなぁ…

だからこそ、期待してしまうのよね。やってくれるんじゃないか、って。

 

とにかく・・・

早く良くなりますように!


2014年5月16日 (金)

枯山水の石庭を眺めて【京都・大徳寺】

友人に誘われて京都へお出かけ。

テレビで見て、行きたくなったらしく

枯山水の石庭で有名な京都・大徳寺を訪ねた。

 

Dsc05169

龍源院の石庭。

一番大きな石が夢の島、蓬莱山を

白い砂利が海の波を表しているーーと説明書きがある。

それを読んでも、すぐには

「なるほど」とは思えない。

最初はやはり、「え?これだけ?」って印象。

 

それほど広くもない庭に白い砂利と岩が数個並んでいる。

ただそれだけのお庭を、しばらくぼんやりと眺めていると

砂利の中に、とても強く輝くものがあったりするのに気づく。

空は青くて、雲ものんびり浮かんでいて・・・

枯山水が何かはわからないんだけど、なんとなく落ち着いてくるのだ。

 

あまり混んでいない時期に、ゆっくり休憩がてら縁側で石庭を眺めていれば

きっと、それぞれに何かを感じることができると思う。

禅の悟りの境地には至らなくてもね。

 

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杉苔が青々と輝いていてとても美しかった。

いい季節に訪れることができた。

雨に濡れ、しっとりしたこのお庭は、また趣きが違うのだろうな。

 

Dsc05176

とっても狭い壺庭。

このわずかなスペースに「底知れぬ深淵」を表現しているのがすごいね。

ある日、ふと

この渦の中へ吸い込まれそうな気持ちを味わうのかもしれない。

 

瑞峯院の石庭や茶室も見事で、こちらはガイドもついてなかなか良かった。

撮影は全面的に禁止で、写真はなし。

 

ところで・・・

枯山水のお庭を眺めていて、どうしても私が思い出すのは、やっぱりーーー

桑田佳祐さんのソロアルバム「MUSICMAN」のジャケット。

Dsc05186

この「MUSICMAN」のジャケットはミュージック・ジャケット大賞 2011を受賞した。

桑田佳祐 - 月光の聖者達 (ミスター・ムーンライト)
YouTube: 桑田佳祐 - 月光の聖者達 (ミスター・ムーンライト)

 

どうしても桑田さんのことを思い出して、雑念ばかりだったけど

良かったですよ、枯山水。

外国からの観光客も多かったわ。

茶道体験もできるみたいで、すごく喜んでいた。

日本に住んでいる我々にも、なかなかわからないこの世界を

外国の方々がわかるのかな~??

お庭を眺めて、なんとなく落ち着く気持ち、なかなか良いものです。

2014年5月15日 (木)

SOYJOY瑛太CM力む理由は…

SOYJOY(ソイジョイ)のCMがなんとなく不思議で印象に残る。

SOYJOY CM| チョコ好きの男(オフィス)篇 15秒
YouTube: SOYJOY CM| チョコ好きの男(オフィス)篇 15秒

 

ゴッドファーザーのテーマBGMがなんだか大げさで、

いきなり瑛太が、えらく力んで

自分のチョコ好きをアピールするのも謎のテンション。

葉巻に見えたのも実はSOYJOY。

よく見直すと、最初のシーンで窓ガラスの継ぎ目の線が葉巻の煙に見えるよう仕掛けがある。

秘書の女性の表情も困惑気味。

 

よくわからない感じが残って、気にかかる。

 

「チョコレートは好きか?

俺はその何ッ倍もッ!!好きだァッ!」

 

瑛太は、なぜ哀愁漂う表情で

せきとめられない激情のセリフを秘書に言うのか。

その理由を考えてみた。

 

たぶんね・・・・・

 

瑛太は高級チョコを頂き物でもらって(あるいは、こっそりと買って)

それを味わうのを楽しみに置いておいたのね。

ところが帰宅したら、奥さんと娘が全部食べてしまっていた!

 

「え?あなたもこれ食べたかった?」

「おいしかったわよ~」

 

そりゃあ、そうだろう!一粒いくらするチョコかわかっているのか!?

そう怒鳴りたい気持ちを堪え、何も言わない瑛太。

 

「お父さん、甘いもの嫌いだよね。チョコは食べないよね。」

「あ、そうそう!でも、あなたチョコ味は好きでしょ?

SOYJOYの新商品にチョコ味が出てたんで買っておいたわよ。」

 

そう言って妻がにっこり微笑んで手渡したのが、あのSOYJOYなんじゃないか?

そして、家では言えなかった雄たけびを秘書にぶつけたんじゃないかな~

 

その設定でCMを見ると、妙に納得できる気がするんだけど。

長女にこう話すと、

 

「そっかぁ、カエラがチョコ、食べたんやな~。」

 

いや、別にそうじゃないけど~~~

2014年5月12日 (月)

映画「アナと雪の女王」

※ネタバレ注意※

 

大ヒット上映中の「アナと雪の女王」

アカデミー賞の受賞も納得の良作。

「アナと雪の女王」予告編
YouTube: 「アナと雪の女王」予告編

2D吹き替え版を観に行った時、

すごく良くて感動したのだけど、

ああ、ここはきっと3Dで観たら、もっとすごいんだろうな~~とわかるシーンがいくつかあり、

先日より吹き替え版の3Dが上映されるようになったので、二回目の鑑賞に行ってきた。

 

 

童話「雪の女王」を下敷きにしているものの、

ストーリーはかなり変わっている。

「雪の女王」を“悪者”ではなく、そうなってしまった経緯が丁寧に描かれていて、物語に深みがある。

一緒に歌おう♪『アナと雪の女王』「Let It Go<歌詞付Ver.>」 松たか子
YouTube: 一緒に歌おう♪『アナと雪の女王』「Let It Go<歌詞付Ver.>」 松たか子

 

氷を操ることができる魔法を生まれながらにもっているエルサは

妹のアナをその魔法で瀕死の怪我を負わせた苦い出来事を機に

魔力を隠し、ひたすらひきこもることで「普通」を装っていた。

しかし、両親が海難で急死、

女王として戴冠式を迎えることになったエルサは大勢の人前で魔力を隠し切れない自分を痛感する。

 

どうも精神的に高ぶると無意識に魔法を使ってしまうようで、

それが強く出てしまうと、人を傷つけかねない威力があるのだ。

手袋をつけることで魔力は抑えられ、なんとか「普通」を保っていたのだけど、

ついに、もうそれをやめる決意をし、エルサは一人、雪山にこもる。

 

本来の自分を解放し、偽りの自分を脱ぎ捨てるのだ。

その誇らしく、強い決意が「Let It Go」には溢れていて、聴く者の胸を打つ。

 

誰にも言えない秘密を抱え、人知れず苦しんでいた人の心には尚、響くだろう。

自己肯定感をようやく得られた幸福な気持ちと解放感、

しかし、そのために失うものへの覚悟、悲しみ、強い意志。

 

松たか子さんの歌声は、その全てが表現されていて

エルサの気持ちが、迫力をもって伝わってくる。

キャラクターの動きとも、とても合っていて

本当に画面のキャラクターが歌いながら演技しているように感じる。

「アナと雪の女王」はとても良いミュージカル作品。

 

松さんの「Let It Go」が高評価なので、隠れがちだが

主人公アナの神田沙也加さんも素晴らしい。

あんなに歌が上手いとは知らなかった。

王女なのに、なぜか庶民的なアナ。

神田沙也加さんの声が“おきゃん”(死語?)な魅力を出していて、アナは生き生きしたキャラになっていた。

 

有名なご両親の二世として、良くも悪くもまずは認識されてしまうお二人。

だけど、「アナと雪の女王」を観ている間、スクリーンの中で歌い踊るのはアナとエルサで

松さんや神田さんの顔を思い出すことは全くなかった。

お二人の実力の高さに驚いたし、努力を感じた。

 

 

ディズニーらしいハッピーエンドで、見終わった後、幸せな気分になれる。

終盤、話があっさりと好転する印象はあるが、

あそこで話をもたつかせる必要もないので、あれでいいのだろう。

自身でコントロールできなかった魔法が「愛」によってできるとコツを掴めたら、あとは簡単だったのかもしれない。

 

ディズニーらしさを感じる一方で、

従来の「王子様に救われ、結ばれるプリンセス」ストーリーがちょっと違っている。

王子様は出てくるのだけど、これが意外な展開になるし、

アナが最後に抱きあうのは、男子(山男・クリストフ)ではなく、姉エルサ。

 

それまでも、ちょこちょことエルサがアナの恋を妨害するシーンがあり

「ん?」と思わせる。

これは、どういう気持ちなのかなぁ?と。

ちょっと異常にも感じられなくもない。

 

しかし、エルサは昔、アナを傷つけたことを深く悔いていて、

アナを守るために…の一心で長年、つらくとも引きこもっていたのだから、

そのアナが自分以外の誰かを選ぶのは耐えられないというのは理解できる。

割に合わない、と思うだろうなぁ、と。

 

だからこそ、アナが恋人との抱擁よりも危機に瀕しているエルサを直ちに救うことを選び、

身を盾にしたその深い愛情に心を動かされ、エルサの心は氷解した、と

そういうことなんだなぁ、と二回観て思えた。

一回目は、そこのところがいまいちよくわからなかった。

 

3Dで観ると、映像の迫力も増すし、

とってもきれい。

技術の進歩、すごいね!

時々、実写かと思うくらいリアルだもの。

 

音楽はどの曲も素晴らしい。

きっと、これもミュージカルになって更にヒットするだろう。

 

アカデミー賞、「風立ちぬ」を抑えて「アナ雪」が受賞した時は

えーっ!と思ったものだが、実際観てみると確かにいい。

「風立ちぬ」のDVDレンタルも心待ちにしてるんだけどね♪

飛行機好きの義父にぜひ見てもらいたくて。

 

それにしても、雪山に一人でこもって

エルサはどうやって生活してたんだろう?

いくら寒いのは平気と言ったって…

食事は?お風呂は?

あ、

オラフのような雪だるまを数体作って、それらが世話してくれてたのかな?

ウサギとか獲って来てくれたのかも。

しかし、雪だるまが家来では火を使えないので、生でお刺身状態で食べないといけないわよね…

パンも焼けないだろうし…

って、そんな心配しないくていいのよねっっ!!

2014年5月 6日 (火)

渡辺淳一「愛の流刑地」感想

※2006年01月31日の日記を再掲。

渡辺淳一さんのご冥福をお祈りしますーー

 

********************

 

日経新聞の朝刊小説、渡辺淳一氏の「愛の流刑地」が今日で完結した。

とても読みやすい文体で、毎朝、楽しく読めた。
渡辺淳一氏の作品は日経新聞で連載されたことがこれまでにも85年の「化身」、96年の「失楽園」と二回あり、
そのどちらも私は新聞で読んだ。

「化身」は私がまだ19歳の時。
濃厚に色っぽい描写のシーンが延々と続き、朝の食卓で朝刊を広げ、読みたいけれども大っぴらに読むのもためらわれ、とっても困った。

「失楽園」は、これもまた濃厚なシーンが多く、ラストの衝撃的な心中が印象的だった。

「失楽園」と同じく、「愛の流刑地」も愛の極みとして“愛される最中の死”を打ち出している。

だが、今回は心中ではなく、女性だけが死んだ。

序盤、小説家と人妻が巡り合い、惹かれあっていく様子が丁寧に描かれる。
関係は不倫で、交際の支障となる事柄が多いにも関わらず、
大変スムーズに関係が進む。

通常、不倫を題材にした話なら、いかに困難を乗り越えて関係を維持していくかが焦点となるが、この小説中では、そこは大した問題にならない。
上手く行き過ぎるくらい、上手く事が運ぶ。

さて、では、何が問題になるのだろう?と思い始めた頃、
ヒロイン冬香の生活背景が小出しにされ、明らかになってくる。
夫を毛嫌いしている様子も描かれる。

不倫とは言え、他に好きな人ができたら、たとえ夫であろうと好きな人以外に抱かれるのは誰でも嫌だろう。
しかし、冬香の態度は極端であり、また夫の側にも異常な点が見れた。
夫婦仲は絶望的に悪いのだ。

そんな中、冬香は首を絞められることに喜びを感じ始める。
死にたがる。

戯れに、ではなく、本気で願っているようだ。
絶頂時に死ねたら、どんなに幸せだろう、という気持ちはわかる。
わかるけど、私は本当には死ねない。
でも、八方塞だった冬香は本当に死を願った。

そして、戯れのはずが、本当に窒息し、死んでしまった。

ここからがこの小説の本題。

主人公は逮捕され、裁判を受ける。
そして実刑8年を言い渡される。

小説を書くには取材をされているだろうから、
ある程度、本当にこのくらいの刑になるのかもしれない。

だけど、裁判シーンは読んでいて、なんとなく歯がゆかった。
主人公が弁護士にどこまでを話しているのかがわかりづらい。

読者はこれまでのいきさつを神の視点で読んで知っているから、
冬香の夫の卑劣な行為を暴露したら一気に有利になるんじゃないか?なぜ言い返さない?と気を揉んだり、
(腹に収めたのが主人公の人間性なのかもしれない)

証拠の録音テープを聞いて、尚、殺人と断定するのには無理がありすぎるんじゃないか?とか、

非常に受身になっている主人公にイライラした。

しかし、現実に自分が彼の立場なら・・・・
逮捕、尋問、拘置・・・と普通でない環境の中で冷静さを保てる自信はない。
犯すつもりでない罪ならば、尚更、呆然として受身になってしまうのは仕方ないのかもしれない・・・。

ラスト、息子さんに励まされて控訴するのかと思ったが、せずに終わった。
するべきじゃないかなぁ・・・と私は思うのだが。

冬香さんを想ってずっと暮らすのは、刑務所の中でなくても、どこにいても死ぬまで一緒だろう。

実刑8年でも、彼はたぶん模範囚だろうから、早めに出てこれるかもしれない。
その後、また小説を書くだろうか?
事の次第の真実を記した物語を。
もしかしたら、「愛の流刑地」こそが、それなのかもしれない。

~ようこそ~

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