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2014年5月 6日 (火)

渡辺淳一「愛の流刑地」感想

※2006年01月31日の日記を再掲。

渡辺淳一さんのご冥福をお祈りしますーー

 

********************

 

日経新聞の朝刊小説、渡辺淳一氏の「愛の流刑地」が今日で完結した。

とても読みやすい文体で、毎朝、楽しく読めた。
渡辺淳一氏の作品は日経新聞で連載されたことがこれまでにも85年の「化身」、96年の「失楽園」と二回あり、
そのどちらも私は新聞で読んだ。

「化身」は私がまだ19歳の時。
濃厚に色っぽい描写のシーンが延々と続き、朝の食卓で朝刊を広げ、読みたいけれども大っぴらに読むのもためらわれ、とっても困った。

「失楽園」は、これもまた濃厚なシーンが多く、ラストの衝撃的な心中が印象的だった。

「失楽園」と同じく、「愛の流刑地」も愛の極みとして“愛される最中の死”を打ち出している。

だが、今回は心中ではなく、女性だけが死んだ。

序盤、小説家と人妻が巡り合い、惹かれあっていく様子が丁寧に描かれる。
関係は不倫で、交際の支障となる事柄が多いにも関わらず、
大変スムーズに関係が進む。

通常、不倫を題材にした話なら、いかに困難を乗り越えて関係を維持していくかが焦点となるが、この小説中では、そこは大した問題にならない。
上手く行き過ぎるくらい、上手く事が運ぶ。

さて、では、何が問題になるのだろう?と思い始めた頃、
ヒロイン冬香の生活背景が小出しにされ、明らかになってくる。
夫を毛嫌いしている様子も描かれる。

不倫とは言え、他に好きな人ができたら、たとえ夫であろうと好きな人以外に抱かれるのは誰でも嫌だろう。
しかし、冬香の態度は極端であり、また夫の側にも異常な点が見れた。
夫婦仲は絶望的に悪いのだ。

そんな中、冬香は首を絞められることに喜びを感じ始める。
死にたがる。

戯れに、ではなく、本気で願っているようだ。
絶頂時に死ねたら、どんなに幸せだろう、という気持ちはわかる。
わかるけど、私は本当には死ねない。
でも、八方塞だった冬香は本当に死を願った。

そして、戯れのはずが、本当に窒息し、死んでしまった。

ここからがこの小説の本題。

主人公は逮捕され、裁判を受ける。
そして実刑8年を言い渡される。

小説を書くには取材をされているだろうから、
ある程度、本当にこのくらいの刑になるのかもしれない。

だけど、裁判シーンは読んでいて、なんとなく歯がゆかった。
主人公が弁護士にどこまでを話しているのかがわかりづらい。

読者はこれまでのいきさつを神の視点で読んで知っているから、
冬香の夫の卑劣な行為を暴露したら一気に有利になるんじゃないか?なぜ言い返さない?と気を揉んだり、
(腹に収めたのが主人公の人間性なのかもしれない)

証拠の録音テープを聞いて、尚、殺人と断定するのには無理がありすぎるんじゃないか?とか、

非常に受身になっている主人公にイライラした。

しかし、現実に自分が彼の立場なら・・・・
逮捕、尋問、拘置・・・と普通でない環境の中で冷静さを保てる自信はない。
犯すつもりでない罪ならば、尚更、呆然として受身になってしまうのは仕方ないのかもしれない・・・。

ラスト、息子さんに励まされて控訴するのかと思ったが、せずに終わった。
するべきじゃないかなぁ・・・と私は思うのだが。

冬香さんを想ってずっと暮らすのは、刑務所の中でなくても、どこにいても死ぬまで一緒だろう。

実刑8年でも、彼はたぶん模範囚だろうから、早めに出てこれるかもしれない。
その後、また小説を書くだろうか?
事の次第の真実を記した物語を。
もしかしたら、「愛の流刑地」こそが、それなのかもしれない。

2013年3月31日 (日)

「ファミレス」(重松清) 完結

日経新聞夕刊連載の小説「ファミレス」が完結した。

 

連載が始まって間もなくは

「ファミレス」(重松清)小手先料理、作ってみた で以前、日記に書いたように

話の行方が見えず、面白いのかどうなのか…という印象だった。

名前+呼び名で男性三人が登場するので、区別がつけにくい。

また、エリカ先生がとても非常識で厚かましいキャラなのにも閉口した。

 

しかし、時々出てくる料理のレシピは、とっても簡単で実用的。

実際に作ってみて、おいしかった。

 

序盤、ファミレスは、ファミリーがレス…の意味として、

家族の崩壊、分散が描かれた。

 

登場人物達は50才くらい。

私より少しだけ上の世代だ。

元々4人家族だったが、子どもたちは成長し、それぞれ就職や進学で家を出ていってしまった。

残されたのは夫婦二人。

これといった会話もない。

そんな中、夫は本棚の本に挟んである妻の捺印済みの離婚届を見つけてしまうーーー

 

私は離婚まで考えたことはない。

娘たちも家に同居しているのだが、バイトや遊びで出ていることが多く、

ここ最近、土日の夕食も夫婦二人だけで食べることが増えてきている。

 

数年前までなら、休みの日に外出するのも家族そろってが当たり前だったし、

それこそファミレスで外食することもたびたびあった。

 

子どもが20才前後になった今、もはや余程の機会でないと

一緒に出掛けてもくれないし、

家族そろって外食するにもお互いの日程を調整するのが大変…。

 

自然、主人と二人で出かけることが多くなる。

夕食も二人で外食することが増えた。

 

子どもが小さかった時には憧れた。

こんなふうに夫婦二人でゆっくり過ごせることを。

 

しかし…

子どもってのは、いるとうるさいけど、いないと淋しいものだ。

その喪失感をようやく乗り越え、

これからは二人で暮らしていくんだなぁ…と意識し始めた矢先に

この「ファミレス」が始まったものだから、小説の話の行方が気になって

毎日、読み続けた。

 

中盤、

あらら・・・本当に離婚しちゃうのかしら・・・と思ったが、

グ~~~ッと大きく舵を切り、ゆっくりと話は転換していった。

家族の想い出は食卓にある。

これは誰々の好物、

誰々は、これが…といろんなご馳走の鉢を

震災被災者のおばあさんがテーブルにたくさん並べるシーンは

読んでいて、なんだか涙が出てきた。

 

伊丹十三監督の映画「タンポポ」で

死ぬ間際の奥さんに、ご主人が

「飯を作れ!」と言う。

すると、いまわの際だったはずの妻はフラフラと立ち上がり、

台所へ行って無意識のようにチャーハンを作る。作って、こと切れる。

それを泣きながら夫は食べる。

泣いている子どもたちにも「カーチャンが最期に作ったチャーハンだ。お前たちも食べろ!」と言うのだ。

 

まだ、子どもがいなかった20代に初めて見た時、

なんて乱暴な夫だろうとビックリして呆れた。

 

しかし、今ならそのシーンの深みが痛いほどわかる。

死にかけていても、「家族にごはんを作らなければ!」と思えば、私も立ち上がると思う。

ずっと10年20年、家族のために毎日そうしてきたのだから。

 

作り続けてきたご馳走・・・ご馳走と言うのもおおげさな「おかず」は

そのまま、その家族の歴史になるーーー

「ファミレス」を読んで、そうだよなぁ…と思うところは多かった。

 

常識外れのエリカ先生は、常識人である男性三人を混乱させながら

なかなかいい位置に居座り、見事に話の要となってまとめていく。

最後には、ひなたちゃんのファミリーが形となり、絆を感じさせてくれて

すっきりとした読後感が味わえた。

 

先日、最終回を迎えたドラマ「最高の離婚」も

紆余曲折を経て、夫婦お互いの本音を曝け出し合い、

それでも尚、離れがたいことを痛感してーー改めて、一皮むけた夫婦になった。

 

一昔以上前のドラマなら、

互いの自由を選び、女性は独立し、男を捨てるーーという強さが描かれただろう。

でも、自分の自由や言い分ばかりを優先していたら、

「誰も幸せになれない」と、「最高の離婚」では主人公が叫ぶ。

 

1980年頃から言われ始めた「個」の時代は極みまで到達してしまって、

ようやくターニングポイントを迎えたようだ。

「個」では幸せにはなれない。

笑顔になれない。

おいしいご飯を食べて「おいしい顔」になるのは、

一緒に食卓を囲む大切な人がいてこそ。

 

「ファミレス」は、とてもいいテーマで書かれていたと思う。

日経を読む中高年に今、気づくべき大切なことを

そっと教えてくれた気がする。

2012年4月 7日 (土)

「ファミレス」(重松清)小手先料理、作ってみた

日経新聞、夕刊で連載中の重松清の「ファミレス」に載っていた

“小手先”料理を作ってみた。

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「豆腐のチーズグラタンもどき」

お豆腐に中華スープの素をパラパラとふりかけ、とろけるスライスチーズを乗せて

レンジで1分半。

黒こしょうをふりかけ、オリーブオイルをかける。

あれば、おつまみの小魚チップス&ピーナツもトッピング。

・・・と小説には書かれているが、おつまみは我が家になかったため、

しらす干しをオリーブオイルで少し熱してみた。

彩りに、かいわれも、ね。さすがに。

 

「ファミレス」というタイトルは、

ファミリーがレス・・・つまり、欠如と言うか、喪失と言うか、

そういう意味合いなんだなぁ、というところまでは何となくわかってきたものの

まだ連載が始まって間もないため、どういう話かは掴めない。

 

お料理教室のエリカ先生が、どうにもとんでもない人のようで

正直、面白いと思えるか、ついていけないと思うかギリギリの感じ。

娘たちがよく使う若者言葉で言うと「マジキチ」キャラなのだ。

しかし、ここからドラマが展開していくようだし、

どうなるのか、もう少し見てみたい気持ちにさせられているのも確か。

 

さて、この「豆腐のチーズグラタンもどき」

お味の方はと言うと・・・・これが結構、そこそこおいしかった。

試してみてよかった、と思うほど。

とっても手軽に、手早く、残り物で作れる。

また、お豆腐の食べ方に悩んだ時に、作ってみようかな~

2010年12月24日 (金)

小池真理子「無花果の森」完結

日経新聞夕刊の連載小説「無花果の森」(小池真理子)が完結した。

 

失踪(逃亡)生活の様子を綴った物語。

全体に非常に陰鬱で暗く、地味~~~~~な

ほんとに地味~~~~~~~さを強調したようなね、

そういう描写が大変多い。

 

季節は、雨が降り止まない湿気過多な梅雨。

主人公の女性は、化粧っ気もなく、薄幸そうな顔立ち・・・・。

舞台となる岐阜県大崖(大垣市がモデルらしい)の町は

そんなに過疎っているのか??と思うほど、駅前にも人影のない淋しさ・・・

 

しかし、登場人物たちは本来はとても華やかなはずの設定なのだ。

女主人公は有名映画監督の妻だし、

有名画家の老女、

週刊雑誌の記者、

そして、大柄のオカマ。

 

いくらでも、もっと華やかな物語になりそうな面々が揃っているはずなのに、

彼らは皆、世間から隔絶され、閉ざされた巣のような場所で、

ひっそりと息をして日々を暮らしている。

 

「死」を絶えずそばに感じながらも、絶望だけは避け、

とにかく「生きる」試みに必死な主人公・・・・・

 

その描写は、やはり非常に平坦で殺風景で、暗い。

出口のない話・・・・。

閉塞感。

 

一体、この話はどう終結するのだろう?と何度か思った。

そういう「先の見えない気分」を登場人物たちと共有しながら読み進める。

 

これだけだと、なんだかとてもつまらない小説のようだ。

ところが、どっこい!

こんなに地味な話で、行動範囲も非常に狭い話なのだが、

老画家とオカマの毒舌、毒舌に隠された人情味がビシビシと物語を引っ張っていく。

 

それと・・・・

主人公・泉と鉄治がね、

これはもう二人は恋仲になるんでしょう、と

かーなり早い段階で察しがつくのに、なかなか結ばれずにね、

引っ張るんですよ~~~~~~

それで私は読まされましたわ、この小説!

 

鉄治も、これがまたいい男でね、

男の香りプンプンで。

オカマに惚れられるくらいのいい男なわけです。

 

梅雨が明け、

重い閉塞感が、今度は夏の太陽の容赦ない照りつけに変わり、

クーラーの風の黴臭さ、外気の重さ、壊れかけた室外機の騒音に逼塞し生活しながらも

徐々に少しずつ、人間らしい活動が増えてきて

鉄治と愛し合い、自分の体に温かい血が通うのを久しぶりに感じたりしながら

本当に少しずつ、失われた「当たり前にあるはずの安心感」を取り戻していく。

 

ゆっくり進んできた物語はラスト、急速にハンドルが切られ展開していく。

しかし、ラストがいいと、やっぱ話全体が「よかったな~」って印象になるよね!

すごくドラマティックで素敵なラストシーンで、

本当に最後に綺麗なリボンをかけられて締めくくられて

読後感がよかったわ・・・・・。

 

この話、映画になるんじゃないかなぁ・・・という気がする。

映画になったら、良さそうなのよね。

鉄治、いい男だし!

どの俳優さんがいいかなぁ・・・なんてキャスティングを考えるのも楽しいですよ!

2010年10月28日 (木)

「ちょんまげぷりん」荒木源

「読みやすくて面白いですよ」とO先生からお借りして

「ちょんまげぷりん」(荒木源)を読んだ。

 

なんとインパクトのあるタイトル!

映画(映画「ちょんまげぷりん」公式サイト)が公開されていることも知っていたし、

文庫本のカバーイラストが上條淳士さんのカッコイイ絵ということも知っていた。

(いやぁ~、上條さんの絵はやっぱセクシーだ~!)

 

映画の紹介で、「お侍さんがプリンを作る話」というあらすじも知っていたけれど

なんで、侍がプリン??と気になっていたので、さっそく読んでみた。

 

すると、本当になかなか読みやすい小説で、楽しかった。

子ども(幼児)を持つ母親(働くシングルマザー)の日々の苦悩、

仕事をしつつ、家事・子育てすることの厳しい現実が、とても細やかにリアリティーをもって描かれている。

実際に、幼児と接し、家事をした経験がなければ、なかなかわからない部分がきっちりと書かれているので

作者は男性なのに、ものすごくよく観察しているなぁ・・・・

ある期間、実際に家事を経験してみたのかしら?と感じたが、

映画サイトの作者コメントに、「退職後、主夫をしていた」とあって納得!

 

タイムスリップの話というのは、いろいろあるが、

気になるのは、やはり最後の締め方だ。

荒唐無稽な設定を可能にするタイムスリップだけに、

それを、いかにまとめるかが鍵。

「ちょんまげぷりん」も話の後半、意外な展開を見せ、

一体どこに話が着地するんだろう?と思ったが、

なかなか素敵な、ジーンとくる、読後感のいいラストで、

この小説全体が、とても良く感じられた。

 

江戸時代のお侍さんが現在の世界に、いきなりやってきたらーーー

それはビックリするだろうね。

車や電車、家電にも心底、驚くだろう。

それでも人間と言うのは案外、順応能力が高く、

結構、慣れてしまえるもの。

 

江戸時代の人が当たり前に持っていた「礼節」の心が

現代では、ずいぶん軽んじられている。

毎日の忙しさに皆が、手を抜いている。

大事なものを大事にできていない・・・・。

そのことを侍が気付かせてくれる。

 

確かにこの話は映画にすると面白そうだ。

主役が錦戸くんというのも、いい。

彼は本当に侍っぽいもの。

 

しかし、原作では安兵衛はイケメンとして描かれておらず、

むしろ外見は武骨な感じの、若さを感じさせない20代になっている。

だからか・・・・・ラブシーンらしいシーンもないのよねぇ・・・・

安兵衛がイケメンなら・・・・・もうちょっと話も変わっているんじゃないかって気もする。

 

映画、観に行こうかと思ったら、なんと!明日で大阪は終了らしい。。。

しかも上映は午前中のみ、、、、

うううーん、残念~

きっと、いつかテレビでやると思うので、その時には絶対観たいな!

2010年9月30日 (木)

噂の学校図書「ニッポンの嵐」

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中高生女子に、今、大人気の(おばちゃんにも人気かもしれない!)

ジャニーズの「嵐」の本が全国の学校に2冊ずつ無料配布された。

それが、この「ニッポンの嵐」。

 

私のバイト先は公立中学校。

そして、上司であるO先生は図書貸し出しの担当!

・・・なので、いち早くこの本を手に取る機会に恵まれたというわけ。

 

ずいぶん立派な本で、分厚い。

メンバーの写真がたくさん載っている、いわば写真集のようなものかしら?と思ってページを開いてみるとーーー

写真も多いが、文字も多い!

じっくり読むのには、かなり時間がかかりそうなくらい。

 

内容は、メンバーがそれぞれ日本各地へ行き、様々な体験をし

現場の話を聞き、

自分たちの国、日本を再確認するというもの。

 

これが、意外なほど内容が濃い!

ほんと、中高生にぜひ読んでほしいよ!!

 

借りて帰ることはできないので、とりあえず二宮くんの部分だけを読破した。

任天堂へ行き、宮本茂さん達と、そして

スタジオジブリで、宮崎駿さん達と対談している記事が載っている。

これがね~~~

中学生が読んでわかるのかな??って思うくらい、内容が深い!

すごく大事なことを話してくれてるんだよなぁ・・・・・

貸し出し中で、なかなか順番が回ってこないかもしれないけれど

嵐ファンでなくても、十分楽しめる一冊なので、

ぜひぜひ読んでみてね♪

そして・・・・お母さんにも見せてあげてねっっっ!

2010年9月13日 (月)

「大正・昭和 乙女のロマンチック図案」

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先月、書店で見かけて感動し、買おうか悩んで

2520円という値段が少し高い気がして手が出なかった一冊。

昨日、再度書店で手に取り・・・・・・やっぱり買おう!と、ついに購入。

 

「大正・昭和 乙女のロマンチック図案」(←試し読みあり)

表紙から、いかにも私好み!

ページをめくると、これでもか!これでもか!!と、かわいいデザインの絵が並んでいる。

 

大正~昭和初期の絵封筒や化粧品のパッケージのコレクションの数々が

たくさん紹介されていて、

ページをめくり、眺めているだけでため息がもれるーーー・・・・

どれも、とても愛らしく、美しく、キュートで・・・・・・・・

脳内に、幸せ成分がドパドパ溢れてくるのを感じるのよ~~~~☆

 

長女に言わせると

「鬼カワ!」

・・・・・・非常にかわいいという意味なんだけど・・・・なんだかなー、、、、

 

写真のページのハート+すずらん+小鳥の図案は、次女のお気に入り。

(私もこれは、かなり好き!)

次女の脳内は、こんな感じなんだって。平和なやつめっ!

 

手芸の刺繍の図案の参考にできそう。

なんか作ってみようかなぁ~♪

 

母親もきっと、こういうの好きだと思うんだ。

今度、実家へ行く時、持って行って見せてみよう~っと!

2009年11月 1日 (日)

高樹のぶ子「甘苦上海」 感想

日経新聞、朝刊連載小説高樹のぶ子さんの「甘苦上海」が終了した。

「完結」という感じではない。

というか・・・・・

え?ちょっと!!ええっ??それで、どうなるのよ~~!!!と

話の行方が気になって仕方が無い。

後は読者の想像に委ねるのだろうか・・・・

う~~~~ん。。。。

 

ラストシーン、

チャイムが鳴った気がするのは、やはり願望からの幻聴で

実際は鳴ってないんだと思う。

京は来ないと思う。

 

京には、周敏と生まれてくる子どもと共に、おだやかな日々を過ごしていってほしい・・・

私は、そう願ってしまう。

 

でも・・・・京だって、そんなに簡単に気持ちは切り替えられないだろう。

紅子の香りの香水を周敏にふりかけて、

自分をごまかしながら、生きていくんじゃないか・・・・。

 

元々、紅子だって、自殺した社長婦人に雰囲気が似ていたから愛されたわけで

その時点から既に、京は「自分をごまかす」手法で生きていた。

そんなふうにしか生きていけない、とても弱い人だ。

 

第2の結末。

もしかして・・・

まさかとは思うが、京が全てを周敏に打ち明け、

自分が愛しているのは紅子だ、と(いや、それは別に告白しなくてもいい、隠していてもいい)

周敏の元を離れ、紅子と生きていく道を選んだとしたら・・・?

 

それもアリだと思うのよ。

12歳の年の差があったって、愛し合い、寄り添い生きていくことはできるんじゃないの?

 

でも、確かに

それが二人にとって、良い選択なのかは難しいところだ。

紅子が、これから老いていく自分より、子どもを生み育て、共に人生を歩んでいける若い女性、周敏のほうが彼にふさわしいと考えた、その気持ちはとてもよくわかる。

相手(京)の本当の幸せを願うなら、どんなに辛くとも身を引くべきなのだ。

 

でもなぁ・・・

お互いを求め合っている二人なら、無理に別れることもないだろう、と思ってたんだけど

周敏の妊娠で、話がややこしくなっちゃったわよね。

子どものためにも、やはり周敏を尊重しないわけにはいかないわよねぇ・・・・

・・・・しかし、愛のない(薄い)両親に育てられる子どもも、かわいそうかもしれない。

・・・・・・いや、共に生活していくうちに、京も変わっていき、

家族愛も生まれていくのかもしれないなぁ・・・・・

 

そうして、第三の結末として考えられるのは、

周敏と食事をし、抱き、寺へ帰した後で

京が紅子のホテルを訪れる・・・というパターン。

そういう二股をかけることに罪悪感のかけらも感じないのが京という男のはず。

そして、それが一番適当な二人の関係。

・・・それでいいのかは別として。

 

う~~ん・・・・・

この小説、男性読者には、どう映ったのだろう。

紅子の気持ちの流れとか、理解できたのかなぁ・・・・

若い女性読者にも反感を買いそうな気がする。

 

私は、セレブで仕事をバリバリこなす紅子とは全然違うし、性格も異なるけど

紅子の女性としての気持ちは、理解できた。

 

40過ぎても、50を過ぎても、女でいたい。愛されたい。振り向かれたい。

若い女よりも、魅力があると言われたい。勝ちたい。

 

なんて、身の程知らずな願望!貪欲さ!浅ましさ。

他人に聞かれたら、滑稽に思われるだろう秘めたる野望。

それを赤裸々に描いている。

 

松本も言っていたけれど、彼女はとても正直なんだ。

バカ正直。

そこが魅力。

 

でも、年を取った女ってのは、概して非常に身勝手で、視野が狭い。

狭いことに気付かない厚かましさ、それがオバチャンの嫌な所。

 

そうはなりたくない、ならないように、と私も日々思ってるんだけども・・ね、、、

 

そうして、恋慕の情というのは本当に自分の意思を越えたもので

振り回され、翻弄され、ボロボロにされる。

12歳も年下の男に、いつの間にか本気になって、右往左往してしまう自分。

どうしようもなくて、最後に自分に正直になって、京に会いに行く紅子。

 

それでも、やっぱりズルイのよね・・・・

ズルイ自分を紅子だって自覚している。

でも周敏に対して「いい人」をまるっきり演じているわけではなく、

それも紅子の本当の部分だとわかるのだけど。

 

私は上海へは行ったことはない。

先日、テレビで街の様子を見て、裏通りも映って、小説での描写が思い浮かんだ。

画面からは伝わらない気温や湿度を感じることができた。

上海の街や店、寺院などの現地取材が作品に活きている。

 

経済状況は、ほぼリアルタイムでの進行で小説に描かれる。

昨秋のリーマンショックによる影響も取り込まれている。

日経新聞での連載だものね。

上海現地の日系企業の状況等、情報は編集者を通じても詳細に得ることはできたのかもしれないね。

 

私はこの小説、なかなか面白かったんだけども

面白いと思う層が非常に狭いんじゃないか、と少し心配だ。

紅子の感情の起伏と流れに、みんなついていけたのかなぁ・・・・

2009年10月29日 (木)

北方謙三 「望郷の道」

※2008年10月22日 (水)の日記再掲

 

********* 

 

うちは日経新聞を取っている。

経済の紙面が充実しているのは言うまでもないが

日経は文化面もなかなかレベルが高い。

 

朝刊の連続小説、北方謙三さんの「望郷の道」が完結し、

先日、朝刊の文化面エッセイで北方さんのあとがきが掲載された。

 

物語のモデルは北方さんご自身の曽祖父なのだそうだ。

 

「人の心を揺り動かすような、男と女を描いてみせます」

そうご先祖に誓って、この小説を書かれたとのこと。

まさに、その通り。

主人公「正太」は、男も惚れる男、人の心を惹きつける魅力のある人物だ。

 

頭がいい。

度胸がある。

物事の本質を見つめる目を持っている。

本当の優しさ、人を思いやることを知っている。

 

もちろん、欠点もある。

自分で計画を立て、突っ走っていくのはいいが、かなり盲目的になる傾向がある。

そのため、殺人を犯してしまいそうにまでなってしまう。

お金に細かい面は、時々ケチな短所としても描かれていたし、

一時、浮気をしていたくだりもあった。(これはあまりにも色気のない物語だったのでサービスに挿入したようにも感じたが)

 

完璧な人間ではない。

とてもとても努力し、考え、行動し、

何もないところからいろいろなものを手に入れていった軌跡が描かれている。

 

正太の奥さんも、とてもカッコイイ女性として魅力たっぷり。

夫に寄り添い、支え、それだけでなく、自ら動き、

女性の視点から、正太には気づかない部分を補佐し、共に会社経営を、人生を歩む。

 

明治中期の話だが、奥さんが家の女将で、正太は婿養子ということもあり

女性も同等に権利、義務を持つ立場となっているので

現在の会社経営に通じる内容が描かれる。

 

登場人物の人間的魅力、

そして、逆境に負けず、工夫し努力する姿で、読者の心をつかみ読ませていく。

 

奥さんが正太と桜吹雪の中で出会ったシーンは、

奥さんの忘れられない思い出として何度か繰り返し出てくる。

厚い仁義を重んじる本物の侠客。

潔さ、華やかさを桜吹雪が香り立たせ、読者にとっても印象の強いシーンだ。

主人公のカッコよさが、ググッと際立つ。

 

物語の後半の舞台は台湾だが、

読者は戦後の台湾が日本の統治から解放されることを知っている。

大阪に大きな新工場を作るシーンも出てくるが、

第二次世界大戦末期に大阪は大空襲を二度にわたって受けており

この工場がどこに建てられたかはわからないが、おそらくは消失したのではないかと

なんとなくわかってしまう。

 

会社を興し、盛り立てていく場面で、そういう未来が見えるのがちょっと悲しい。

でも、その時を生きていた人達は、その時点での先の見通しでもって

いろんなことを考え、最大限の努力を尽くす。

それは、私達だってそうだ。

少し未来の人から見たら、「ああ、なんてことを」と思われることでも

わからずに、ただ精一杯生きているだけだ。

  

事件を起こし九州から所払い(追放)された主人公が、台湾に渡り

やがて事業を成功させ、

所払いを解かれ、故郷へ戻る・・・その軌跡を描いた物語。

熱くて濃いけれど、さらりとスマートなのは、

一本、筋の通ったものが芯に、しっかりとあるからだろう。

一生懸命に生きることはカッコイイことを感じさせてくれる話だった。

夏目漱石「こころ」はBLか?検証感想文

※「感想文」検索で来て下さった方、ありがとうございます!

 「高得点狙いの読書感想文の書き方」アップしました。ご参考に☆

※2009年6月10日 (水)の日記再掲

 

************

 

夏目漱石の「こころ」は、高校の教科書に載っている。

昨年高2だった長女が授業で「こころ」を習っていた時に

「おかあさん、読んだことある? 複雑な話や・・・・何とも言えん。」と漏らしていた。

 

そして先日、友人のブログに「こころ」はBLの走り?的な日記を見、

・・・ええっ??「こころ」ってそんな話だったの??と、非常に不純な動機で読み始め

朝から一日かけて「こころ」を読破した。

 

すると、確かに

「え・・ぇっ??」って箇所は多い。

主人公「私」(高校生・男子)が「先生」(年齢不詳・既婚・男性)を鎌倉の海(由比ガ浜)で見かけ、

翌日も、更にその翌日も、出会った同じ時間に海へ行き、

先生を見つけると、後をつけて泳ぐ・・・。

・・・海辺での出会いだから当然だか、男達は皆、半裸。

しかも明治時代のこと。水着はなく、猿股の下着一枚の姿ってのが・・・

映像にして思い浮かべると、かなり赤面。。。(なぜ思い浮かべる???)

そして、なんだかんだで知り合いとなり、月に3回は先生のお宅へ遊びに行く、という関係に。

高校卒業前から大学卒業までの期間、週一ペースで先生に会いに行っていたわけで・・・

 

正直、ちょ~~~~っと、どうなん??って気はする。

しかも、「私」は大学を卒業する年になっても、恋をしたことがない。

 

上野にお花見に行ったシーン(上 先生と私 十二)の

先生と私の会話は、なんだかドキドキさせられる。

 

「しかし・・・しかし君、恋は罪悪ですよ。解っていますか」

 

・・・なんという色気のあるセリフでしょう!

しかも、先生は人のいない森の中に来てから私に

「異性と抱き合う順序として、まず同性の私の所へ動いて来たのです。」とまで言う。

このくだりで、もうBLって言われても仕方ないなぁ・・・と納得。

そもそも、男二人で桜の樹の下をお花見して散歩している絵だけで、それっぽいぞ~~

 

「私」は「恋とは違います」とはっきり答えるのだけど、

先生が「あなたに満足を与えられない」と言うと「変に悲しくなった」りする。

このあたりの気持ちの押し合い、引き合いが絶妙で、

さすが夏目漱石!としか言いようが無い。

「こころ」は新聞の連載小説だったわけだけど、こりゃ毎朝、ドキドキして読みますわ!!

 

でもね、本当のことを言うと、これが恋ではない恋慕であると、私にはわかるの。

私にも、そういう先生がいたから。

 

その先生のことがとっても好きで、先生の言葉は一つだって聞き逃したくなかった。

席は、いつも一番近くに陣取った。

少しでも先生の近くにいたかった。先生の魂に触れていたかった。

 

子どもから大人へなる19歳の年、

人生を生きていく大きな指針をくれた人。

年は、両親とほとんど変わらない。先生のほうが、ほんの少し若いだけだ。

 

もちろん恋愛感情ではない。大いなる尊敬と憧れの眼差しで先生を仰ぎ見ていた。

 

きっと、「私」もそういう気持ちだったんだろうなぁと思う。

 

でも、ここはあえて!

BLちっくに「こころ」を味わってみようじゃないか!!(ぇ??

 

「私」は先生の奥さんと二人で向かい合って話していても、美人の奥さんに全く「女」を感じていない。

・・・・当たり前のことかもしれないんだけどねぇ・・・・

 

(上 先生と私 八)の場面で

ほろ酔いで、少し上機嫌の先生が珍しく奥さんにも酌をする。

いい雰囲気で会話が続き、

「子供でもあると好いんですがね」と奥さんが漏らすと

「一人貰ってやろうか」と先生。

「貰ッ子じゃ、ねえあなた」と奥さんが私へ言うと

「子供はいつまで経ったってできっこないよ」と先生が言う。

黙る奥さん。私が「なぜです」と聞くと、「天罰だからさ」。

 

夫婦仲は悪くないけど、先生、奥さんを抱けないようだ。

それがなぜなのか、天罰とはどういうことかは、最後まで読めばわかる。

 

このやりとりから、奥さんはまだ子供を産もうと思えば産める年齢ではないかと推察する。

つまり、二十代後半~三十代前半ではないか。

先生と奥さんは、そんなに年齢差がない。

つまり、先生も30代くらいだと思う。

 

眼鏡をかけ厭世的な表情の和服の男性。

ツンデレで、しかも病んでて・・・・なんていいキャラクターでしょう☆

 

自分を慕う「私」がいつか、自分にガッカリし、復讐して来るのではないか、と常に心配している先生。

「私」は、なんでそんなことを言われるのかさえ、わからない。

それが先生の過去に関係していると気付き始め、郊外に二人で散歩した帰り道、

いつか、先生の過去を全て話してもらう約束をする。

 

そのシーン(三十一)も迫力のある緊迫した二人の会話が、・・・・素敵。

「私は死ぬ前にたった一人で好いから、他(ひと)を信用して死にたいと思っている。

 あなたはそのたった一人になれますか。なってくれますか。

 あなたははらの底から真面目ですか」

 

・・・・・これ以上の告白があるかしら、、、、

そして、先生はこの約束を守り、「私」に長い手紙をくれる。

 

その中身が(下 先生と遺書)の全文。

遺書なんだけど・・・・もしかしたら、先生はまだ生きていて、

「私」が止めることができたんじゃないか、と期待してしまう・・・。

 

学生時代の友人Kと先生も大変、仲がいい。

しかし、二人共お嬢さんを好きになってしまうことが話の軸になっているから

Kと先生の間のBLは私は感じることができない。

 

それよりも、お嬢さんの「なんでそこで笑うねん?」的なイミフ笑顔に

先生がイラッとくるというのがリアルだなぁ、と思う。

でも、それもKが来るまでは、全然気にならなかった、というのも更にリアル!

それまでは、お嬢さんが笑っている顔を見ているだけで幸せだったのよね、きっと。

それが、Kのおかげで嫉妬メラメラ。

 

(三十三)の段の

雨の日にKとお嬢さんが連れ立って歩いているのにすれ違うシーンは

読んでいても胸が苦しい。

激しい嫉妬に苦しんでいる先生にKがお嬢さんへの恋を打ち明けるのだから

ほんと、痛い・・・。

お嬢さんの態度も、嫉妬に燃える先生の目線で書かれていることもあって

Kのことが好きなのかな?とさえ思わせる微妙な感じ。

 

でも、先生からの結婚の申し出を母親から聞き、承諾したのは、きっと

先生のことが好きだったからに違いない。

Kへ特別な好意があったとは思えない。

 

お嬢さんにしてみたら、意識しない分、Kの方が話しやすかったのかもしれない

・・・だとしたら、とても罪な話だけど。

 

文豪・夏目漱石のすごいところは、

人物一人一人の心情のとても細かいひだまでを自然と描き出していること。

ものすごくリアルだ。

男性の気持ちはいうまでもなく、

未亡人である奥さんの細かい心理、

女学生のお嬢さんの無邪気な気持ち、

更には、

(中 両親と私)で描かれる、

母親が、病気の父親の意識がしっかりしている今のうちに就職を決めて安心させてやってほしい、という気持ち。

 

「私」が先生と両親を比べて、先生のほうが尊敬できる、両親は田舎くさい、と思う気持ち。

一つ一つが、なんでこんなに?と思うくらいリアルだ。

ものすごく引き出し多いなぁ・・・・。

 

教科書には、(下 先生と遺書)の一部分が掲載されているが、

できれば、そんなに長くないので全文通して読むといいと思う。

 

高校生の時に読むのと、

今、年月を経て読むのと、また感じ方が違う。

深く理解できる。

いい読書は、心に残るね。

一日で読み切るのは、ちょっとしんどかったけど

読んでみてよかったなぁ~

 

*******

 

「こころ」の感想文で悩み、検索で来てくれている方が、かなり多いようなので追記。

 

上記の感想で、あえて書かなかった「Kのついて」私の思うところを語ります。

 

「こころ」を読むと、Kはとても堅物の変わり者のような印象を受ける。

 

現在を生きる、私を含む全ての日本人に、どのくらい残っているだろうか?

「理想に生きる」

「志高く生きる」美徳。

美しく生きることの価値感。

 

・・・・そういう感覚は、とても古臭いものになっていないか?

サムライの武士道のように。

そう、侍の精神は

気高くいることが、自分を支える根幹だった。

 

しかし、現実問題、人生を生きていくには、時に泥水もかぶる。

道に迷うこともある。

そんな中、自分の中でプライドと現実に折り合いをつけながら生きていくのが、普通だ。

 

現在の中高生に、

修行僧のように孤高に、志高く生きていこうとするKの気持ちは、少しでも理解されるのだろうか?

 

私は小6の時に「気高く生きたい」と願い、

中学に入って、「現実」が見え、面食らった。

プライドを高く持ち過ぎていては、この世は生きにくい、と悟った。

自分の自尊心の程度を下げる・・・下げざるを得ない・・・・

無垢な魂が汚れるのを感じ、気分が落ち込んだ。

 

それは、大なり小なり、思春期に誰もが味わうことかもしれない。

 

Kは大学生の時点で、まだプライド高く生きていたのだから

なかなか生きつらいことが多かっただろうと思う。

 

今の世の中にKがいたとしたら、どうだろう?

かなり浮いた存在だろう。

「こころ」の明治時代でも、相当浮いているようではあるが。

 

きっちりきっちり生きていくのは、しんどい。

もっとずるく生きてもいいのだ。

でも、その「しんどい」ことをやっている(修行)しているKの姿を

先生は尊敬していたし、こいつにはかなわない、と感じていた。

 

Kの生き方は賢かったか?

自ら命を絶つなんて、やはり愚かとしか言えない。

自分が理想とする姿と、現実の自分の実態のズレを埋められなくて、苦しんだ。

 

他に、経済的にも八方塞、

長年の親友の裏切り、

いや、大切な親友の気持ちを自分こそが傷つけ、追い詰めいてたという事実、気付かなかった自分の愚かさ、

親友の気持ちを尊重できない自分のエゴ、

親友の追い詰められた末の裏切り行為を許せない自分の心の狭さへの辟易・・・

 

いろんな感情が怒涛のように渦を巻き、溢れ・・・・Kは自分で自分を罰し、滅することを選んだのだろう。

 

自殺者は大抵、「自分がいなくなることが最良の解決策」と思い込み、事を図る。

思い込む時点で、既に精神を病んでいるわけで、

無論、実際、自殺は大変迷惑で、「最良の解決策」などでは、全く無い。

死んだら負けよ。

汚水をかぶっても、歯を食いしばって生きてりゃ、なんとかなる。

 

先生はKの自殺によって、心に重荷を負った。

自分のせいで、という気持ちや、ずるい自分を恥じる気持ちが、複雑に絡みついて、

先生は身動きできなくなってしまっている。

 

それは、Kが望んだことではないだろう。・・・たぶん。

 

自殺の際、先生との部屋の間仕切りの襖が少し、開いていたのは

きっと、第一発見者は先生であって欲しかったからだろう。

 

奥さんやお嬢さんを驚かしたくなかったのかもしれない。

 

でも、本当にそう思うなら、なぜお嬢さんたちと同居の家の自室で自殺するのか。

先生とお嬢さんの将来を願うなら、そっと出て行き、人知れず、命を絶った方がいいはずだ。

・・・・・そこまでの配慮ができるくらいの冷静さがあったら、自殺なんてしないのかもなぁ。。。

 

Kは、あるいは・・・

何かが違っていれば、優秀な頭脳と才能を生かし、

社会の役に立つ人間になっていたんじゃないだろうか。

会社員であっても、仕事ができそうな気がする。

ただ、あまり堅物では、社内での人間関係が上手く行かなくて、ちょっと大変かもしれないけど・・・。

でも、人としての芯をまっすぐに持っている姿勢は、いつの世でも

どんな世界でも大切だから、

もしもKがお嬢さんと上手く行き、少し柔軟さも持ち合わせるようになれていたら・・・・・

Kは社会に出ても、彼なりに美しく生きていけたのかもしれないとも思う。

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