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2009年10月29日 (木)

『野ブタ。をプロデュース』感想

※2005年11月10日の日記再掲

 

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大きな書店へ家族で出かけた今年の9月、
中2の長女に「読みたい本がある」とねだられ買ったのが『野ブタ。をプロデュース』(白岩 玄:著 河出書房新社)。

現在ドラマとして放映されている原作本だ。

ドラマ『野ブタ。をプロデュース』にはジャニーズの人気アイドル亀梨和也くん、山下智久くんの二人が共演、主題歌もヒット中。
なかなかおもしろい話のドラマなので原作にも興味が湧き、長女に借りて私も原作を読んでみた。

ドラマは原作とかなり異なっていて、
本を読んだからといってドラマの今後の展開は全く掴めなかった。

しかし、本としてなかなかこの作品は楽しかった。
さすが2004年度の文藝賞を受賞しただけのことはある。

作家は1983年京都市生まれの21歳。
その若い新鮮な感性でスピーディーにテンポ良く物語を運んでいく。

男の子というのは心の中でこんなことを考えているのか・・・!と目から鱗。
様々なことに毒づき、生々しいツッコミを入れまくる男の子の視点の面白さが楽しい。
文章の表現も今の感覚が生きていて、非常に読みやすい作品だ。


主人公「桐谷修二」は高校2年生。
成績優秀、スポーツも万能、明るい性格でクラスの人気者、
家庭でも朗らかな「いい子」だ。

しかし、それは彼が「着ぐるみショー」と称して演じている姿。
本来の彼は他人と一定の距離を持って接していたいと願っており、他者の誰にも心を開いていない。

「友だち」も「恋人」も本当はいらないのだけど、アイテムとして所有しておいた方が「高校生活」という3年間に渡る退屈なRPGをこなしていく上で有利なのでゲットしている。

それが高じて、転校生のいじめられっ子のクラスメイトを人気者に変えていくというプロデュースゲームにはまる。
紆余曲折を経て、クラス全員に無視されていた転校生は
人気者となっていく。

もちろんそうなったのは修二が提案した様々なアイディアのおかげなのだが、彼は「契約」と割り切って振舞う。

いじめられっこだった「野ブタ。」との間に友情に似た関係も生まれ、修二もそれを意識するシーンもあるのに、彼は自身の殻に閉じこもり「友達」を拒否する。

それは恋人に対しても同じで、
ステータスとして付き合っている学年一人気の女の子へも差したる愛情を持ち合わせていない。

彼女の方は修二を愛しており、あらゆる面で献身的に尽くすが、それさえ彼にとっては負担でしかない。

他人と関係を持つことを極端に恐れ、嫌っている。

つまり、人との関係の持ち方を知らないのだ。

彼は愛を知らない。


小説中に彼の家庭の様子はあまり描写されていない。
それは修二が家族に対して全く興味を持っていないことと、
家族も彼を放置していることを示しているのだろう。

特に問題のある家庭であるようなくだりもない。
だが、根深いところで問題があるのではないだろうか。

「いい子」でないと自分を受け入れてもらえない。
「いい子」の仮面をかぶっていさえすれば、誰も文句を言わない。
そう悟って「いい子」を演じることを身につけていった過程には、愛されない寂しさを痛感した様々なことがあったに違いない。

そうして、それを見抜けない両親にも問題があると言えるだろう。

ありのままの自分を愛してもらえることができたら、修二の仮面は割れる。
しかし、彼自身が素の自分を見せることを極度に恐れているのでなかなか難しいだろう。

もう一、二年もし、彼が成長し恋愛をすれば変わることができるかもしれない。

恋愛は、自分の内部に精神的にも肉体的にも他者を受け入れることから始まる。
修二にはこのハードルが人一倍高く、飛び越えることは困難なのかもしれないが。


一方、さらに数年を経て社会人になった時のことを考えると・・・

成績優秀な修二は面接もうまくこなし、いわゆるいい企業に就職できるかもしれない。

会社という組織内では誰もが役割を与えられている。
「役割」を演じるのは得意な修二は優秀な社員であり、エリートだろう。

結婚も「いいお嬢さん」とできるかもしれない。

誰もが羨むような人生。

だけど、彼はこの人生が楽しいだろうか?
日々がとてもしんどいはずだ。

人間、いつまでも無理を我慢できるものではない。
どこかで、また破綻を迎える。

彼が本当の愛を知り、人を受け入れ、信じ、愛することができるまで、
得られない愛を求めて苦しみながら、彼は「愛される自分」を演じ続けるのだろう。

「愛の流刑地」感想

※2006年01月31日の日記再掲

 

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日経新聞の朝刊小説、渡辺淳一氏の「愛の流刑地」が今日で完結した。

とても読みやすい文体で、毎朝、楽しく読めた。
渡辺淳一氏の作品は日経新聞で連載されたことがこれまでにも85年の「化身」、96年の「失楽園」と二回あり、
そのどちらも私は新聞で読んだ。

「化身」は私がまだ19歳の時。
濃厚に色っぽい描写のシーンが延々と続き、朝の食卓で朝刊を広げ、読みたいけれども大っぴらに読むのもためらわれ、とっても困った。

「失楽園」は、これもまた濃厚なシーンが多く、ラストの衝撃的な心中が印象的だった。

「失楽園」と同じく、「愛の流刑地」も愛の極みとして“愛される最中の死”を打ち出している。

だが、今回は心中ではなく、女性だけが死んだ。


序盤、二人が巡り合い、惹かれあっていく様子が丁寧に描かれる。
関係は不倫で、交際の支障となる事柄が多いにも関わらず、
大変スムーズに関係が進む。

通常、不倫を題材にした話なら、いかに困難を乗り越えて関係を維持していくかが焦点となるが、この小説中では、そこは大した問題にならない。
上手く行き過ぎるくらい、上手く事が運ぶ。

さて、では、何が問題になるのだろう?と思い始めた頃、
ヒロイン冬香の生活背景が小出しにされ、明らかになってくる。
夫を毛嫌いしている様子も描かれる。

不倫とは言え、他に好きな人ができたら、たとえ夫であろうと好きな人以外に抱かれるのは誰でも嫌だろう。
しかし、冬香の態度は極端であり、また夫の側にも異常な点が見れた。
夫婦仲は絶望的に悪いのだ。

そんな中、冬香は首を絞められることに喜びを感じ始める。
死にたがる。

戯れに、ではなく、本気で願っているようだ。
絶頂時に死ねたら、どんなに幸せだろう、という気持ちはわかる。
わかるけど、私は本当には死ねない。
でも、八方塞だった冬香は本当に死を願った。

そして、戯れのはずが、本当に窒息し、死んでしまった。

ここからがこの小説の本題。

主人公は逮捕され、裁判を受ける。
そして実刑8年を言い渡される。

小説を書くには取材をされているだろうから、
ある程度、本当にこのくらいの刑になるのかもしれない。

だけど、裁判シーンは読んでいて、なんとなく歯がゆかった。
主人公が弁護士にどこまでを話しているのかがわかりづらい。

読者はこれまでのいきさつを神の視点で読んで知っているから、
冬香の夫の卑劣な行為を暴露したら一気に有利になるんじゃないか?なぜ言い返さない?と気を揉んだり、
(腹に収めたのが主人公の人間性なのかもしれない)

証拠の録音テープを聞いて、尚、殺人と断定するのには無理がありすぎるんじゃないか?とか、

非常に受身になっている主人公にイライラした。

しかし、現実に自分が彼の立場なら・・・・
逮捕、尋問、拘置・・・と普通でない環境の中で冷静さを保てる自信はない。
犯すつもりでない罪ならば、尚更、呆然として受身になってしまうのは仕方ないのかもしれない・・・。

ラスト、息子さんに励まされて控訴するのかと思ったが、せずに終わった。
するべきじゃないかなぁ・・・と私は思うのだが。

冬香さんを想ってずっと暮らすのは、刑務所の中でなくても、どこにいても死ぬまで一緒だろう。

実刑8年でも、彼はたぶん模範囚だろうから、早めに出てこれるかもしれない。
その後、また小説を書くだろうか?
事の次第の真実を記した物語を。
もしかしたら、「愛の流刑地」こそが、それなのかもしれない。

~ようこそ~

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