恋愛・結婚 Feed

2012年10月 7日 (日)

前は手をつないで歩いた道

駅から2軒目に近いコンビニへの近道。

二人で見つけた秘密の曲がり角を今も毎夜歩くのは

私の姿を探しているため?

 

ハーゲンダッツの新しいのが出るたびあの店で買って

ベッドの上でスプーン一匙ずつ食べさせあいっこ。

同じ味のアイスも、あの時ほどおいしくないから

買わなくなっちゃった。

 

先週も、昨日も、あの角で見かけた。

陰からそっと見ないふりして見てたけど、

君は立ち止まりもせず夜道へ消えて行った。

 

私を待ってなんかいない。探してなんかいない。

きっと、今はあのコンビニで新しい恋人の好物を買う。

そうして、あの優しいまなざしを彼女に向けて微笑む。

あの特別な笑顔は、もう私のものじゃない。とっくの昔に。

私に向けられることは二度と、あるはずがないのに。

 

満月の夜は、幻が見える。

きつく柔らかく抱きしめられた夜が甦る。

姿を一目見たくて、駅前へ向かうけど

君は速足で角を曲がって消えていくし、

私は私で決して声をかけない。

2012年9月 6日 (木)

恋は恋で消す

9月だね

もうすぐ誕生日だったのは誰だっけ

忘れたふりでやり過ごしたいけど

あの日の君の優しさは今も胸に

 

きっと昨夜は嫌でも私を想い出したでしょう

昔、観に行った映画、テレビでやってた

映画館でヒソヒソクスクス囁いて

耳がくすぐったい

頬をつねってもやめてくれない意地悪なあなた

 

もちろん私は見なかったよ、テレビ

中途半端に思い出すと整理がついてないのが自分にバレる

上書きして消えるほど、薄い想い出じゃない

 

違う人を好きになってみようと思うの

誰かの特別になれるかしら、私まだ

試すように見つめてみるけど、あのイケメンはなかなか釣れない

こっちのゲームに夢中になれば、うまく上書き成功するかな

繰り返し繰り返し同じ道通って

上書きだらけで本当は何が欲しかったのか、おぼろボロ

擦り切れた布切れの記憶片手に

愛されてみたいと願い微笑む笑顔も、もはやぎこちなく

2012年8月20日 (月)

♪不安な世の中だけど もう家族が欲しいのさ♪




YouTube: 桑田佳祐 / 幸せのラストダンス

 

桑田さんの「幸せのラストダンス」、
様々な悩みを抱えている人たちへの応援として、
「結婚」を提案しているーーと私は感じる。

 

4人に1人は50才までに結婚をしていない未婚率が高い昨今、
その理由は不況による経済的問題とか、
女性の経済的自立が進んだことなどがあると思う。

結婚は自分の自由が奪われるし、
子どもができたら、経済的にも厳しくなる。
そんなリスクを背負い込んで、自由を手放す価値があるのか。
そもそも、結婚することが幸せとは限らないじゃないか。
離婚率だって上昇しまくっているのだ。

ーーーーそういう声が高くて、結婚を勧めるなんてできない風潮もあった。
「適齢期」なんて女性の自由を奪う忌諱すべき言葉、口にしてはいけない、と。

 

しかし・・・
ライフサイクルの観点で言うと
「適齢期」というのは、実際にあるのだ。

何歳までに結婚すべきか、という年齢は出せる。

 

一例を挙げるとーーー

■ 【3歳年上の男性と付き合っているとする。
子どもは二人ほしい。
できれば、二人とも大学に行かせたい。】---という設定で考えることにする。

 

多くの会社の定年退職年齢は55才。
それ以降は嘱託などとして働くとしても年収は、グッと下がってしまう。

つまり、第二子の大学卒業年齢(=22才)は、ご主人が55才より前でなければならない。

したがって、第二子の誕生はご主人が33才。奥さんが30才がリミット。

 

3才離れた第一子を望むなら、
ご主人が30才、奥さんが27才で出産だ。

妊娠は奥さんが26才。
結婚して、一年は新婚気分を楽しみたい、というなら

女性は25才、男性は28才までに結婚しなければならない。

これがリミットなのだ。

 

結婚 (夫:28才・妻:25才)

第一子妊娠 (夫:29才・妻26才)

第一子誕生 (夫:30才・妻27才)

第二子誕生 (夫:33才・妻30才)

第二子大学卒業 (夫:55才・妻:52才・第一子:25才・第二子:22才)

 

もちろん、モデルケースのように順調に事が運ぶとは限らない。

子どもが大学浪人すれば、その分、計算がずれる。

望んだ時期に、すぐには妊娠しないことも考えられる。

 

逆に、夫婦で十分の収入を得られるので子どもの学費を基準にライフプランを立てる必要などない、という羨ましいカップルもいるかもしれない。

 

モデルケースは「例」に過ぎないが、目安にはなるだろう。
つまり、一般的に未来を予測して考える場合、
結婚の適齢期というのは25才までになると、計算できるのだ。
そう考えると昔の人がうるさく言っていた年齢は、そう間違っていたわけではないことがわかる。

 

ただ、昔と今の事情が違うのは、
女性も大卒が増え、男女の雇用が平等になったことだ。

就職し、やっと仕事に慣れ、

責任も与えられ面白さを感じ始めた3年目の26才で妊娠というプランは現実的でない。

 

結婚し、妊娠・出産を経ても女性の仕事を守ってくれる企業は増えてきているのだろうが、十分だろうか?

実家から離れた場所で、フルタイムで働いて赤ん坊を育てるのに、預けられる施設は確保できるだろうか?

昔に比べたら良くなったし、これからも整備されていくだろうが
女性がバリバリと働くには、まだまだ厳しい現実が多いと思う。

晩婚化、少子化は当然と言えば当然の流れなのだ。

 

しかし、それでも・・・それでもだ、
家族を持つ幸せは、その人の人生を豊かに彩る。

様々な苦しみや悩みの力強い支えになる。

実る人生は、いつかこの世を去る時、満足感で満たされるだろう。

 

・・・・必ずしも、そうなるとは限らないのが人生だけど。

つらい結婚生活に後悔するかも知れず、

放蕩息子や不良娘に泣かされるかもしれない。

どんな人生になるかは、誰にもわからない。

人生を作っていくのは、自分だ。

 

苦労したとしても

年を重ねて、親も亡くして、一人よりは

寄り添える人がそばにいてくれたほうが

若干のストレスを感じつつも、心安らかだろうと思う、私は。

 

大震災で国民が家族の絆を感じたことで

未婚率上昇、少子化の傾向がUターンすればいいな、と願うのだけど。

2012年4月16日 (月)

今日は今までのどんな時より素晴らしい

お父さんとお母さんが離婚したのは5年前。

当時、私は中学生で、3歳年上の兄は高校生。

2人とも受験で、学校から帰ってすぐに塾。夜遅くまで勉強していたから

母親の様子に気を留める余裕はなかった。

もっと正直に言うと、親のことなんて気にもせずに毎日を当たり前のように過ごしていた。

 

商社に勤める父はいつも帰宅が深夜。

朝8時には出社するので、7時前に家を出るから

平日に顔を合わせることは、ほとんどなかった。

たまに「今日は早帰り日だ」なんて夜9時頃に帰って来たりすると、皆が驚くくらいだった。

 

数年前のあの頃、父の会社で大きな問題が起こり

(新聞記事にもなった有名なあの事件だ)

その対策委員会のメンバーになった父は、帰宅時間が極端に遅くなっていた。

連日、深夜の1時半。

私が受験勉強を終え、寝る時間。

無論、電車はもう終わっているからタクシーでの帰宅だ。

30分で遅い食事と入浴を簡単に済ませ、2時には就寝。

そして朝の6時には起きて、また会社へ向かって行った。

 

土曜に出勤するのは当たり前、

日曜さえ、急に呼び出され会社へ行くことが増え、

父の姿を見ることがほとんどなくなった。

たまに家に居ても、ソファーでうたた寝ていることが多かったし、いつも不機嫌そうで、

心ここにあらず。

仕事のことで頭がいっぱいのようで話しかけづらかったし、

父から話しかけられることも、ほぼなかったように思う。

 

そんな折、母方の祖父が旅行先のタイで急死した。

旅行会社から電話連絡を受けた母はうろたえ、あたふたと支度も整わないままタイへ急行し、

バタバタと葬儀が執り行われた。

今なら私か兄がタイへ同行できたのに、と思う。

3月上旬、私達兄妹は受験目前、父は年度末決算を控え仕事で皆が佳境、

一人娘だった母がすべてを背負ってしまった。

 

祖父の葬儀を終えて半月ほどし、

兄と私、それぞれに合格通知が届いた頃、

母は床から起き上がれなくなり、寝付く日が多くなった。

 

それでも、私達に危機感はなかった。

疲れが出たのだろう、としか思わなかった。

春休み中は私も少し家事を手伝ったが、4月に入り高校が始まると

部活や、友達とのカラオケが楽しくて帰宅が遅くなった。

大学生になった兄は、バイトやサークルで毎日遅かった。

しかし、父の帰宅は更に遅い時間だった。相変わらず。

 

その頃の私には、母の寂しさなど想像もつかなかった。

気遣う思いやりもなかった無神経さを悔いる。

 

深夜、帰宅した父に母が金切り声を上げるのを初めて聞いた時は

心臓が凍り付く怖さを感じた。

2階の部屋から階段を下りて様子を伺うと、

母が大きく目を見開いたままボロボロと涙をこぼしていた。

怒りに震えるかのように全身をわななかせて。

兄も何事かとやって来た。

父は、「なんだかわからない」とイライラした声で答え、

「明日も早いんだ。勘弁してくれ。」とご飯にお茶をかけ、漬物と一緒にかき込んだ。

 

あの時、父に母と話し合うことを促せていたら、未来は変わっただろうか。

いや、上手く解決へ導ける力など、兄にも私にもあの当時はなかったのだ。

それからしばらくして両親は離婚、私たち兄妹は母の実家で

おばあちゃんと4人で暮らすことになった。

 

父とは年に数回、食事をする機会を作っていた。

昨年、兄が大学を卒業し就職した春、お祝いにと父が私達兄妹をフレンチレストランへ連れて行ってくれた。

忙しかった仕事も一段落ついたようで、父は終始にこやかで優しかった。

元々は、こんないい父親なんだよなぁ。

まじまじと父の笑顔を見詰めた。

 

帰り際、「今度、会わせたい人がいる」と父が口ごもりながら言って、

ああ、なるほどと分かった気がした。

妙にお洒落なレストランを知っているなと不思議だったんだ。

 

その翌月、初めて父の恋人クミさんと会った。

予想をはるかに超えた若い美人なのに驚いた。

父と同じ部署で数年前から働いていた同僚だそうだ。

付き合い始めたのは父が離婚してからだとクミさんは強調した。

そして今は転属になり、違う部で課長をしているらしい。

 

46歳の父に31歳の美女、お似合いとは言えなかったが、

当人同士は違和感を感じないようで、ハキハキと場を仕切るように話すクミさんに

早くも父は尻に敷かれる格好だった。

クミさんはお嬢様然とした美貌でありながら、仕事のデキる女で頭の回転が速く、気が利く。

母とは全く異なるタイプだ。

兄は私の隣で、クミさんの笑顔に照れて、「はあ。はい。はあ。」を繰り返していた。

行く行くは籍を入れることも、お前たちがいいと言ってくれるなら・・・と父が言いだし

特に私達も反対せず、「お父さんはお父さんで自由に幸せになってくれたらいいから」と答えると

翌月には、「来春に結婚のつもり」とさらっと言われ、驚いた。

ニコニコとクミさんは笑いながら、

「シュウくん、ミチカちゃんもお式に出てくれる?」

えっ!結婚式や披露宴もするの?と、またビックリ。

 

家へ帰って母に話すと、もちろん母もそのことは報告を受け知っていた。

 

「30女が焦ってるのよ、結婚を。」

 

蔑むような冷笑を浮かべて言い放った。

今年の始めに結婚式・披露宴への招待状が兄と私に届いた時も、

母は「ハッ!」と一笑し、

 

「行ってやりなさいよ!

来てほしいって言ってるんでしょ?行ってあげれば。」

 

と言い捨てた。

複雑な気持ちだったが、父の新しい門出を祝いたいとも思ったので

出席の返事を郵送した。

 

ところがその翌月の2月、父と会った際、クミさんも一緒に来ていて

披露宴で兄は祝辞スピーチ、私にはピアノを弾いてほしいと頼まれた。

 

「ミチカちゃん、とってもピアノが上手なんだってね。

コンクールで優勝したんでしょう?すごーい!」

 

小1の時のことを持ち出して褒められても困ってしまう。

曖昧に笑って

「でも私なんか・・・・・。何を弾けばいいのかもわからないし。」

と、やんわり断ったつもりが

 

「あ、じゃあ私リクエストしていい?

カエラの『Butterfly』がいいなあ!私あの曲、大好き。

カラオケでもよく歌うの。ね?」

 

父がうなづいている。

カラオケ、二人で行ってるんだ~ ふ~ん・・・

なんとなく言葉を失ってしまっていたら、いつの間にか弾くことが決定していた。

 

 

3月もクミさんは父と一緒に現れ、披露宴の進行スケジュール表を見せ、

兄と私に「確認」をした。

慌ててピアノの練習をし始めたわけだが、母が不在の時を狙って、になる。

買い物へ出かけた隙に弾いていたら、いつの間にか帰って来ていて

 

「なんでそんな曲、弾いてるの?」

 

と不機嫌そうに言った直後、ピンときたようで

手を握りしめ、黙り込み、部屋を出て行った。

 

おばあちゃんも、「なんだか・・・ねぇ・・・」と困り顔。

今からでも断れば・・・と言い出したのを母が遮った。

 

「なんでよ?

断ったりしたら、祝う気持ちがないみたいで失礼よ。

祝ってあげたらいいじゃない。ねぇ?」

 

 

そして、4月。

式、当日。

兄と私はこの日のために買った新しいスーツとドレスを着てホテルへ向かった。

玄関を出る時、母がホコリを払うように兄の肩をポンポンと叩いて言った。

 

「シャンと立派にスピーチしてらっしゃい。」

 

 

花嫁姿のクミさんは、いつもより一層きれいだった。

チャペルウエディングに出席するのは初めてでドキドキしたが、

神父の前で誓うのが父なものだから、なんとも気恥ずかしい思いで少しうつむいてしまった。

 

式、披露宴には会社関係の人が大勢、招待されており、

皆、知り合い同士のようで会話が弾んでいる様子だった。

私達は奥の親族席のテーブル。

久しぶりに会うおばあちゃんがすごく喜んでくれた。

一年前よりずいぶん足腰が弱っているようだし、食も細くなっている。

出されるお料理を

「残したらもったいないから、ミチカが食べてよ。

ほら、食べれるでしょう!若者はいくらでもおなかが空くものねぇ」

と押し付けてくるのに困った。

兄と分け合って、どうにか食べきったが、1.5人前のフルコース料理を食べたことになり

おなかが苦しい・・・!

 

父の会社の偉い人の祝辞が続き、いよいよ私たちの番になった。

まず、兄がスピーチした。

父への感謝、新しい門出を祝う言葉、

クミさんという素晴らしい方との巡り会いを自分たち子供も嬉しく思っている。

 

「・・・・こんな父ですが、どうぞよろしくお願いします」と兄が言うと

新婦席のクミさんがニコッとうなずき、父が肩をすくめた。

すると場内はワッと笑い声で沸いた。

 

私がピアノを弾き始める。

 

Butterfly 今日は今までの どんな時より素晴らしいーーーーー

 

お母さんと結婚した時よりも?

私達が生まれた時よりも?

・・・・ああ、今、そんなことを考えちゃだめだ。

一生懸命弾かなくちゃ、クミさんがリクエストした、クミさんの好きな曲を。

 

 

弾き終わると長い拍手をもらった。

「いいお子さんたちだね!」

「二人ともしっかりしているね。」

褒めてもらう声が聞こえてくる。父が嬉しそうに照れ笑いしている。

クミさんも幸せそうだ。

 

宴が終わり、花嫁の着替えを待つ時間、ロビーで父と少し話ができた。

今日はありがとう、本当にありがとう、と何度も礼を言われ、

父がこんなに喜んでるなら良かった、と思った。

 

 

「ごめんねぇ~ 時間かかっちゃって。お待たせ。」

 

ワンピースに着替えたクミさんが現れたのをきっかけに私たちは立ち上がった。

「お前たち、朝は電車で来たのか?タクシーで帰れよ。」

父が兄のポケットに1万円札をねじ込んだ。

お車代はもう頂いたから、と返そうとしても「いいから!」と父は兄の肩を抱いた。

 

「お前は自慢の息子だ。

お前たちは自慢の子どもたちだよ。」

「親父、酔ってるだろ?」

兄が照れて笑った。

 

父の傍らに寄り添うように立ち、クミさんが花のような微笑みを浮かべる。

 

「本当に今日はありがとう!シュウくんのスピーチ、堂々としていてさすがね。

ミチカちゃんのピアノもよかった~!

この曲、特別な想い出ソングになっちゃった。

聴くたびにミチカちゃんに弾いてもらったこと思い出すわ。」

 

そうだね、私達も、そして母もこの曲は特別な曲になっちゃったよ。

 

2人に見送られ、タクシーに乗り込む。

 

「気を付けて帰ってね~

また一緒にお食事しましょうね!」

 

並んで手を振る父とクミさんを見ながら、お似合いかもしれないと感じた。

 

さよなら、私達のお父さん。

 

引き出物の入った大きな紙袋を下げながら、玄関先でちょっと躊躇した。

母にどんなふうに報告したらいいものやら・・・・・。

 

「早く鍵、開けろよ。」

 

兄が急かす。

 

「どうもこうもないよ。

式の後、撮った親族の集合写真。

あれだって、そのうち渡されるんだぜ?」

 

そうだね。

ホテルでついた空気をふるい落とすように、ちょっと肩をゆすり

ふぅ、と息を吐いて、「ただいま」とドアを開いた。

 

 

2011年7月29日 (金)

待ち合わせ場所

電車が終点のターミナル駅へ着く。

冷房の効いた車内から、一歩ホームへ足を踏み出すと

重く暑い不快な熱気。

長い長いホームの果てに広い改札口。

ずいぶん改装されて、以前あったはずの店がきれいになくなって、スッキリお洒落になっている。

 

あの辺りに、その昔、あの人が立っていたのに。

背の高いおじさま、なぜか唐突に有無を言わせない勢いで出張先に電話をかけてきて

誘われたデートの待ち合わせ場所。

遅れて駆け寄る私に、少年のような顔をしてぶっきらぼうに

「何でも食べるだろ?行こうか。」と歩き出した。

 

あの時のおじさんの年より、もう私は上になっちゃったよ。

 

だけど、この駅を通るたび、

あの場所にずっとおじさんは私を待って立っていてくれる。

あの時の、あの空気が残っている。

 

 

改札を抜け、3階から1階までエレベーターで降りる。

あったはずのコンビニも今はなくて、

ここで待ち合わせてた人とも、今はもう会えなくて。

 

その先の銀行の入り口は、そうね、あの人と待ち合わせた場所。

大きな荷物を抱えていた彼を、わざと遠回りに歩かせて愛を確かめた。

私が欲しいなら、そのくらいの苦行は当然でしょう?

 

建物を抜けると雑踏の交差点。

初めてのデートで、緊張でガチガチになって歩いたのは高校生の時。

確かマクドでハンバーガーを食べたんだけど、死にそうに緊張してて記憶があまりない。

 

その後、付き合った大学生の彼は、待ち合わせに必ず遅刻してくる人で

私の姿を見つけると、必ず右手を挙げて合図した。

すると私は子犬のように駆け寄って、彼は立ち止まらずにそのまま、その先にある喫茶店へと歩いて行った。

あの人は今でも、待ち合わせで片手を挙げるのかしら。

 

待ち合わせは時間がずれると、もう逢えない。

場所も年月を経て姿を変えるけど

遠い日の待ち合わせ場所に、彼らは私を待って、そこにいる。

2011年5月18日 (水)

むりやりパズルゲーム

いつか、この体がバラバラに砕けたら

どこかに失った欠片(カケラ)がヒラヒラと現れ、舞うかしら

 

上等の櫛の歯が一本折れてしまったような欠損

まだ十分使えるけれど

折れた一本は、ずっと欠けたまま風を通す

 

すきま風は寒いわ

誰かあたためて

失くしたピースを埋めるように

似た形のものを当てはめてみる

今度の男も、やっぱり彼ではないけれど

優しく抱いてくれるなら

埋めて欲しいの 私に残る空洞を貫いて

ぜんぶ埋めて満たしてほしい

 

あれでもない、これでもないと

もういくつ目のピース

きっと今度もハズレなのに

無理矢理押し込んでみては、歪んでいく私のかたち

 

2011年2月21日 (月)

月9ドラマ「大切なことはすべて君が教えてくれた」やっぱり面白いなっ!

月9ドラマ「大切なことはすべて君が教えてくれた」

いやぁ~、なかなか面白いですねぇ~

 

話の展開がね、

なんかもう・・・・ありえないんです!!

 

第一話からして、いきなり朝起きたら女の子がベッドに寝てた、しかもそれが生徒だった・・・というインパクトのある設定。

しかも、毎回、

もうこのセリフを言ったら、この話、終わるやんってセリフがバーン!と出る。

かーなりハッキリ言ってるにも関わらず、超展開でドラマが意外な方向へ突入していく。

 

前回の第5話で、

実は先生(三浦春馬くん)とは関係を持っていない、と皆の前で問題の女生徒(武井咲ちゃん)が告白したことで、

簡単になるはずであろう話なのに、

余計ややこしくなってしまった今日の第6話。

 

ずずーーーん・・・と暗く沈んでいる三浦くん、第一話の時の「明るく朗らかないい先生」の印象とのギャップがーーーー・・・・

 

「側に誰かがいてくれると期待してしまうから、一人のほうがいい。」と

先生を涙ながらに拒む咲ちゃん。

それなのに、翌日、三浦くんはその咲ちゃんに対して

「自分が側にいる」宣言・・・・・・

 

もう転校するって言ってるのに・・・・具体的にどないするねん??

と疑問で頭がいっぱいになる・・・・・

しかし、画面は切り替わり、続けて元婚約者の戸田 恵梨香からの妊娠報告ーーー

 

それも、「自分一人で育てる自信が持てた」と言ったかと思うと

「私は後悔している。」「もう一度、修二に出会いたい。」と

未練たっぷりの言葉もこぼれて・・・・支離滅裂に。。。。

 

戸田さん(の役)の先生の悪いところは、

自分ばかりしゃべってしまって、相手に口を挟ませず、先走っていっちゃうところ。

その欠点に、自分でも気付いていたようだったのに、

ラストで、思いっきり独走してしゃべり倒し、

修二(三浦くん)を困惑の表情にさせ、黙らせてしまってたわよねぇ・・・・・

 

そりゃ、あれでは黙るわ。。。。。

どないせーって言うねん???

 

中盤の第6話。

物語が、お好み焼きをひっくり返すようにペタンと上下を返された感じね。

 

う~ん・・・・

ここから、どう展開していくかは見通しが立てにくいけど、(展開が読めないのがこのドラマの醍醐味!)

最終的には、三浦くんと戸田さんがうまくいくであろうことはエンディングの映像から読み取れる。

ということは、今後、ギリギリまで生徒(咲ちゃん)絡みで、そっち方向に引っ張られていく話の展開だろうなぁ・・・

しかし、最後のあたりで大きなどんでん返し的仕掛けを用意しているのではないかと期待・・・・。

・・・・通常、「実は妊娠していた」なんて材料は、そういうどんでん返しのために使うのに

このドラマでは、序盤に出してきて、

さらに、そういう切り札になるべき材料が、切り札にならずに物語が進んでいく、というのが

非常に画期的だと思う。

 

とても面白いので、いいラストを用意しておいてほしいと期待している。

最後まで観てよかったなぁ!って思わせてほしいなぁ。

2010年12月15日 (水)

マグカップ割れた

リラックマのマグカップが割れてしまったの

大事にしようと思ってたんだけどな

 

「ん」

 

って、箱を突き出して渡してくれたよね

 

コンビニ、会社の近くだから。

毎日行くから、いくらでもシール貯まるから。

 

でも、せっかく集めたんだから自分で使えばいいのにって言ったら

なぜか不機嫌に怒ったみたいになったので慌てて素直に受け取った

 

会えない日のお昼休みも、

あたしのことを毎日想ってくれてる、その気持ちが積み重なったマグカップ

それをくれたんだよね

 

どうして、あたしはそういうこと、その場でピン!とわかんないのかなぁ・・・・

あなたはあたしをいっぱい笑顔にしてくれたのに

あたしはだめだな

ほんとだめだ

 

なのに、それでもいっぱい優しくしてくれて

いっぱい甘やかしてくれて

とてもしあわせだったんだ

 

マグカップが割れて

お気に入りだったホワイトデーにもらったバッグも持ち手がボロボロになってしまって

一番最初にもらったペンダントも、つけずにいたら

アクセサリーボックスの底で、くすんだ色になってた

 

でも最後にもらったあのプレゼントは、まだ封を開けられずにいるの

せっかくくれたのにね
たぶん無理だ
あたしはあの紅茶を飲めない
飲んだら君が消えてしまいそうで

あたしは君を消せない

2010年5月24日 (月)

彼女の突然の背信の理由は・・・

普段、あまり自分のことを話さない男性が

最近、手痛い失恋をしたようで

そのつらい心のうちを赤裸々にブログ(友人限定公開日記)に綴っているのに驚いた。

 

まず、彼が恋愛をしていたという事実に驚く。

女っ気のなさそうな生活ぶりだったのにね。

 

そして、寡黙な彼が、こんなにも饒舌に自分の内面を告白し

あけすけに晒し、

打ちひしがれた身を投げ出している様に驚く。

 

どうも、彼の恋人は唐突に姿を消したようだ。

もっと正確に言うと、メールに返事が来なくなった。

電話をしても、繋がらなくなった。

 

遠距離恋愛のようなので、携帯が繋がらなくなると、これは痛い。

しかも、まあ・・・・ぶっちゃけ、この状態って・・・・

着信拒否されてますわなぁ。。。

 

最後のメールはいつも通りで、

「またね」みたいな内容で終わっているらしい。

 

彼が言うには、別れの素振りは、彼女から感じ取れなかったとのこと。

 

彼にしてみたら、そりゃあもう、

なんで!?の疑問詞で頭の中がいっぱい。

その答えを聞きたくても、彼女からの連絡は一切なくーーーー

 

これは、つらいわよねぇ・・・・・

青天の霹靂なわけで、

今さら、ああしておけば良かった、こうしておけば・・・と

いろいろ悔いばかりが心に浮かんでも

どうしようもなくーーー・・・

 

この話を聞いて、

彼の悲しみと戸惑いの感情の渦に引き込まれない自分に少し驚いた。

10年前に比べて、確かに私は変わった。

16才の時の失恋経験をきっちりと整理でき、乗り越えられたんだ。

  

失恋の最中にいる本人は、なかなか状況を客観的には把握できなかったりする。

ともすれば、どうしても自分に都合のいいように考えたり

或いは、絶望的な発想になってしまったり、と

冷静な判断が鈍ってしまう。

 

着信拒否までされているという現状を客観的に見ると、

これは、やはり彼女の「別れたい」「別れなければならない」という意思が

明確にあることがわかる。

 

彼によると、そんな気配はなかったとのことだが、

もしかしたら、前々から彼女は二人の付き合いに悩んでいたのかもしれない。

 

しかし、留守番電話サービスにメッセージを録音しても電話がなく、

それどころか、三日後には留守電に入れることさえできなくなってしまったというのだから、

これはもう・・・

かーなり強固な別れの意思を感じずにはいられません。。。。

 

しかし、彼が言うには、彼女は大変優しい女性だったようで、

この手のひらを返すような仕打ちは、本当に考えられないとのこと。

 

では、彼女の意思ではないとしたら、

そうしなければならない状況がある、ということで、

新しい恋人ができたか

或いは・・・実は彼女は既婚者で、夫にバレて着信拒否設定を強要されたか・・・

ま、既婚者でなく、他に付き合っていた恋人がいて

どっちを選ぶんだ?と迫られたか・・・・

 

そうして出した結論が、これだってことなんだろうなぁ・・・・

 

彼女が電話にもメールにも答えないのは

答えれないからだと思うのよね・・・・

 

たぶん、彼女は彼のことを嫌いではない。

嫌いではないけど、もっと大事なものがある。

・・・・・そんなこと、説明できませんもの、、、

 

でも、彼女がもしも、

自分は彼に大事にしてもらっていると感じていたなら

つらくても、事情説明くらいはしたかもしれないね。。。

 

 

兎にも角にも、

恋愛ごとは、他人には深く事情はわからないから

無責任な想像にしか、ならないのだけども・・・ね。

 

彼のつらさは年単位で続くだろうが、必ずいつか癒えるから。

いい形で全てが雪のように解けて流れる日が、一日も早く来ることを祈るばかりーーー

2010年4月 2日 (金)

ふわり咲く桜茶

お湯を注ぐとカップの中で花を開く桜のお茶だって

きっと、これ君、好きだよね

喜ぶよね

あんなにプレゼントを選べなくて困ったのに

今になって、あげたいものを見つけるなんてね

 

電車の窓から見えるあの道も、

そっちの通りも、みんなみんな一緒に歩いた街

もしかしたら、今日だってどこかにいるかもしれないけれど

私にはもう探せない

 

月日が経てば、なかったことになるのかな?

風に吹かれてサラサラと砂が全てを隠してくれるの?

そんなわけはないね

きっといつかまずい瞬間に、つい口走るんだろう、君の名を

 

また今年も桜が咲いたけど、

想い出の桜のほうが美しくて、一人で見に行く気にもなれず

そっとカップにお湯を注ぎ桜茶で、差し向かいの君の幻とお花見

~ようこそ~

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