健康 Feed

2016年8月11日 (木)

高齢者向けメニューの傾向と対策…

義母が脱水症状でダウンし、ここ一週間ほど、主人の実家へ通っている。
本来、入院したほうが良いくらい血液検査の結果は悪かったのだが、同居する義父も要介護2の状態でお世話が必要なのでと義母は入院を拒み、往診で点滴をうけることになった。
毎日の点滴が効いて、まだ油断はできないものの快方へ向かっており、ひとまずは安心。
 
義父母宅は我が家からは自転車で10分程度と近いのだが、
連日の炎天下、お昼と夕食を作って届けるのはなかなか大変。
 
とにかく献立に悩む。
子どもたちにうけるメニューなら、すぐに思いつくのだが、
高齢者向け、さらには食欲をなくしている病人にも口にしてもらえる食事となると…
 
それでも数日、続けていると傾向と対策は会得できてきた。
 
●のどごしが良いもの。(素麺、山芋とろろ、とろみのあるもの)
●生姜やネギの薬味で食欲アップ。
●水分を多く含むもの。(煮魚、焼きなす、スイカ)
 
このあたりを狙うと、だいたいヒットする。
初期に用意したサンドウィッチは出した瞬間の義母の表情で
ああ、これは外してしまったなぁ…と後悔した。
初期は、おにぎりすらダメだった。
 
外してしまうと用意したものが余るので、必然的に自分の食べる分が増える。
すると…
結構、身体を動かして連日、西へ東へ炎天下に移動しているのにも関わらず…
痩せないっっ!!!
 
せっかく努力してるんだからぁ~~
この機会に、ちょっと脂肪を燃やしたいんだけどぉ~~?
 
世の中は、ままならないわねぇ…
 

2014年1月12日 (日)

痛みのない世界へ

かかりつけのクリニックでレントゲンを撮って
状態の悪化が素人目にも明らかなのに、愕然。
耐え難い腰痛はぎっくり腰のせいだけではないだろうと思っていたが、やはりと合点がいった。


「薬も飲んでもらってますしねぇ。
後は注射がありますがーー。
どうしますか?打っときますか、連休前だし、ね。
それとも、我慢しますか。」

と白衣の先生。

我慢ならない激痛に耐えるのに疲弊し、
痛みのない世界に憧れたけれど、
いざ、その招待状を手にすると怯え、後ずさり。

「一度、楽を知ってしまうと、頼ってしまって
もう戻れないような気がするんですが…」

正直に不安を告白したが、先生はカラリとした笑い声を上げ

「ハハハ、そんなことはないですよ。」

「・・・じゃあ、一度、試しにーーー
打ってみます。」


そう答えると、すぐに診察室のベッドにうつ伏せになるよう指示された。


「四ヵ所に注射します。」

消毒液を含ませたガーゼで私の腰を拭きつつ、看護師さんが告知する。

・・・四ヵ所も・・・とやりきれなく思う間もなく、
医師は慣れた様子で

「はい、もう始めますよ~」と針を刺した。


麻酔の細い注射針が腰の中の
神経に近い所へと近づき
気持ちの悪い痛みに思わず呻く。

「く…あ、、」

声にならない声が漏れる。
痛みそのものは元々の腰痛の方がひどいので、もはや大したことはない。
気持ち悪いのだ。

直接、神経に触れられている感じ。
本来、ここまでは誰も手が届かないはずのところまで侵入されている感じ。


「終わりましたよー」

と声をかけられて、さっさとベッドから起き上がりたかったが
そうすぐには無理だった。
妙なふらつきと、ふわふわした感覚。

麻酔を打たれるのは抜歯の時以来かも。


ヘンな感覚は一日、続いた。
ピリピリとわずかに痺れる舌先。
足元がおぼつかないような頼りなさ。

しかし確かに、痛みは格段に減っている。
体が治っているわけではない。
痛みの感覚が脳にまで届かないようにブロックされているだけだ。

それでも、時々「痛い」と思うことがあって、
きっとこの痛みは注射を打つ前なら
「うああぁっ…っ!」と悶絶絶叫していた激痛なのだろう。


楽に体を動かせるようになった有難味も感じる。
いつまで薬効は続くだろう。


「また痛くなったらいらっしゃい。」


先生の優しい言葉が、なんだか怖い。

治らない病気だと言われているけれど
昨夜は本を読んで、ちょっと腰痛体操もしてみたりして。
これ以上悪くなりたくない。
だから、これまで生きてきた「姿勢」変えなくちゃ。
腰を立てて、シャンと立ちたい。

2013年6月 4日 (火)

認知症に抑肝散、効果あるようだ

2008年、ちょうどリーマンショックの時期に二度目の脳梗塞を起こした母。

父の献身的な介護や、デイサービスで過ごす楽しい時間のおかげで

認知症を患いながらも、そこそこ元気に、明るく毎日を送れている。

 

ところが、2ヵ月前くらいから幻視の症状が現れた。

「父親」が家にいる、と言うらしい。

 

80才の母の父親は、もちろん既に亡くなっている。もう40年以上前に。

この時点で、母の発言が異常だとわかる。

 

夜、母がトイレに行く際には、父が介助をしているのだが、

それは自分の「父親」がしてくれている、と母は言うらしい。

懸命に介護をしている父としては、

「何、言うてるんや!俺がやってるんやないかい。」

と言ってしまう。

しかし、「父親」が見えている母には、それは認識が食い違うため

頭から否定され、気分を害する。

そうして、父と母の関係性が次第に悪くなっていってしまった。

 

「夜中にトイレに連れて行ってくれる男性」=自分の父親

そうイメージするのは、割と自然で理屈は通る。

 

父も、もうちょっと余裕をもって

いったん母の話を受け止めて、「そうか。」と言ってから

じわっと、現実へ話を修正していけば正面衝突は避けられるのだが。

母も、「父親」がいるのはおかしい、ということは一応、理解できるのだ。

しかし、現に母には見えているのだから、おかしいと言われても困るし混乱する。

 

最初、夜中だけ見えていた幻視が、次第に昼間にも現れ、

「誰かいる」と家のあちこちを母が探すようになり、

かかりつけ医に相談したところ、市立病院での診察を勧められた。

 

すると、これまで飲んでいた薬のうち

デパスをやめるように指示された。

 

デパスは効果のある良い薬なのだが、長期服用すると幻覚などの副作用が現れることもあるという。

母はもう4年半も飲み続けているので、この影響かもしれない、とのことだった。

しかし、デパスを急にやめると反動がくる。

以前、かかりつけ医からもデパスを減らす試みがあったのだが、急に調子が荒れ始め

慌てて元の量に戻したのだった。

だから、今回、1週間くらいかけて徐々に減らしていくことになった。

 

同時に、漢方薬である抑肝散が処方された。

(医師による効果の詳しい記事は↑上記リンク参照)

 

抑肝散は、元々、子どもの夜泣き止めなどとして用いられていたが、

近年、認知症の幻覚に効果があることが認められた漢方薬。

身体にも穏やかだし、これは期待できそうだ。

 

やれやれ、これで安心かーーと思いきや、

デパスを止め、漢方薬を飲み始めて1週間経った頃、

急激に母の調子が悪くなってしまった。

 

・昼でも幻視が起こる。しかも、かなりはっきりとリアリティーを持って見えている様子。

・夜も何回も目を覚まし起き上がって、幻視を見ていて不眠状態。

・麻痺のある右手の動きが急に悪くなり、自力で食事ができなくなった。

・ろれつが回らなくなり、しゃべっている内容が意味不明になった。

 

少し前まで、母は自分で麻痺がある右手で箸を持ち、食事ができていた。(こぼすけど)

会話も、十分ではないものの意思疎通はできる状態だったのに。

 

父は、脳梗塞再発の兆しか!?と慌てて、かかりつけ医へ母を連れて行ったのだが、

その日は特に処置なし。

 

そうしたら、翌日からこれまた急に幻覚がなくなり、夜、安眠するようになった。

手や言語能力の方も、徐々にましになっているようだ。

 

今では、もう全く「父親」の姿は見えないらしい。

「あんなに『誰かいる!』って言ってたのに、なあ?」と父が言うと

母は笑って「そうやなぁ~!」なんて言うらしい。

 

先週、市立病院で2度目の診察を受けた。

医師は、これを「デパスをやめた反動」だろうと説明した。

アルコールと同じく、急にやめると離脱症状が出るのだ。

抑肝散の効果が表れているようなので、このまま続けてみるように、との指示だった。

 

父は

「あの漢方薬はすごいなぁ!あんなに効くものとは・・・」と感嘆の声をあげている。

もう少し、早めに抑肝散に切り替えておけばよかったとさえ思う。

 

認知症でいよいよボケてきた、と諦めたりせず、

受診して、いい薬を処方してもらえて、本当によかった。

80才。

年齢も年齢だけど、それでも

できるだけ、心身共に健やかに、質の良い生活を維持してほしいから、ね。

 

 

※2013.11.4追記

 

母が抑肝散を服用したのは3ヶ月程度で、現在は飲んでいません。

薬全体が以前の半分の量に調整し直され、かなり減ったのですが、

かえって、それが良かったのか、

ここ最近は大変、調子が良く、気分もすっきり、

思考もずいぶんすっきりしていうようです。

体重の減量にも成功し、わずかな距離ながらも自力歩行ができるようになりました。

(転ばないか、たえず見守っていないといけませんが)

 

以前は異常に食欲がありました。

今から思うと、それも脳の機能の方に問題があったか、

或いは、薬の副作用だったのか、とも思います。

今は、年齢相応の食事量で自分から箸を置きます。

 

脳梗塞で倒れて以来、今が一番、状態が良いようです。

本人もそう感じているようで、体調に自信を得ている様子。

それだけに転倒などのケガが心配になりますが…

 

とりあえず、調子の良い今を大事に生活してほしいと思います。

また何らかの困った症状が表れたら、それに応じて対処しけばいいかなぁと思っています。

 

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2012年7月24日 (火)

「奥さま、大丈夫でございますよ」

3週間ほど前から、左足に痺れを感じ始め、

普段あまりない頭痛もしたので少し心配になり、

脳神経のクリニックを受診した。

 

脳梗塞を患った母のことがなかったら、そこまで大したことだとは考えなかったかもしれない。

母のおかげで脳梗塞についての知識を少し持っていた。

自分の症状が、それに割と当てはまると思った。

それに、脳梗塞は遺伝の要素もあるのだ。

 

脳細胞のどこかが死んで、自分の能力の何かが失われるのかもしれない。

記憶の何かを、思い出せなくなるのかもしれない。

 

実際に母の病状を見てきただけに、具体的に想像できてしまう。

残る能力も多いはずだ。

たぶん、死にはしない。

悲観的になることはない。

だけど、・・・・・・失くしたくない。身体的な能力も、これまでの記憶も。自分が誰であるかも。

 

首と腰の骨のレントゲンを撮り、異常がなかったため、頭部のCTを撮った。

こちらも異常なしで、脳腫瘍、脳梗塞はないとの診断。

念のため、もっと細かく映るMRI(MRA)を、別の画像診断専門クリニックで撮ることになった。

この機械は大阪に何台もないそうで、予約を取るのが大変らしい。

 

うまい具合に予約が取れ、昨日、行ってきた。

実際、患者が常に3~4人、待合室にいる状態で、

次々、休みなくMRIの機械が作動していた。

 

経験者はご存知だろうが、

MRIの機械ってのは、非常に不快なものだ。

仰向けに寝かされ、頭を固定され、「15分間、動かないように」と念を押されて

窯の中へ入れられる。

閉所恐怖症ではない私ですら、なんとなく、すっごーく嫌な気持ちになる。

 

その上、

ガガガガガ!!!!

ギギギギギギ!!!!!

ピキョーン!ピキョーン!!

と尋常ではない騒音が続く。

せめてもの緩和にヘッドホンをかけられ、リラクゼーション音楽が流れるのだが、

その曲がかき消される勢いの、ひどい騒音。

 

非常にストレスの高い状態の脳内が映しだされるんだろうな~~~と

身動きのできない状態で悶々と過ごす。

ところが!

人間ってのはえらいもんで、最初の5分くらいは耐え難くても、

徐々に、「ああ、うるさいな~」くらいになり、

12分くらい経つと、眠気さえ感じてしまうのだ!!

ようやく慣れた頃の15分後、検査は終了。

 

大きな袋に入れてもらった画像を手に、その足でクリニックへ。

貼り出されたたくさんの画像を見ながら、先生が説明をしてくれる。

さすがMRI!すっごくきれいに脳が映っていて、気持ち悪いくらい!

脳内を巡る血管の様子までも、すんごくきれいに撮れていた。

なんで、こんなのが映せるんだか、ね~~

すごい技術だね。

ここまできれいに撮れるんだったら、騒音と閉所感を我慢する値打ちあるわ。

・・・・・実際、やってる時はすごく苦痛だけど。

 

「はい、これも異常なし!

 これで脳梗塞を起こしているということは、あり得ません!」

 

先生がきっぱりと言ってくれた。

 

「奥さま、大丈夫でございますよ。」

 

風貌に似合わない紳士な言葉をかけられ、ちょっと笑いそうになる。

じゃあ、やっぱりいわゆる更年期障害ってことなんでしょうか?と言うと、

先生は、これまたはっきりと首を振った。

 

「違います。更年期じゃないですよ。

なんでも更年期のせいだから、と思ったらダメです。いいですか?

フラッとめまいがして、頭痛としびれがあるのに、近所の人に

『更年期よ~』と言われて、ああ、そうか、とそのままにして亡くなった人はいるんですよ。」

 

・・・・・うんうん。

だから、私も診察を受けて検査したんじゃないですかー

・・・・・と思ったが、素直に聞いた。

 

先生の見立てでは、末梢神経が傷ついているためだろう、ということでビタミン剤が処方された。

 

相変わらず、左足はじんわり痺れている。

そう、すぐに治りそうもないが、とりあえず重篤な病気の可能性が消えて安心できた。

・・・やれやれ~

 

ご心配おかけしました。

痺れは、まだスッキリしないけど、気持ちは軽くなったので

元気出していきますよ!!

 

※追記

足のしびれは坐骨神経痛によるものでした。

頭じゃなくて腰に原因があったみたいです。

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2012年7月16日 (月)

ああ・・っ、、しびれちゃうッ!

相変わらず、しびれる日々でして。

つか、今まさに結構な勢いでしびれてましてね、、、

 

どの程度かというと、

片方の手を、ずっと下に敷いてしまってて、後でジワ~~ンってする、あの感じくらい。

動かせないほど、麻痺してるわけでもなく、

不快な感じだけど、日常生活に支障は一応ない。

 

時々、ガラスの破片を踏んだみたいに痛いこともあるけど、

すごく一瞬なので、声を上げるほどでもない。

 

ふとした瞬間、気づくと

全くしびれを感じない瞬間もある。

でも、今は結構、至る所が痛いのよね、、、、

・・・・・・で、気づいた!!

左半身に痛みを感じる、って思ってたけど・・・・・

右も痛い!!

右手もちょっと痺れてる気がするし、

右足も、さっきズッキューン!って痛かったぞ!

 

・・・・・ってことはだ!

脳に原因がある可能性・・・・回避?!

 

・・・・・・いやいや、行きますけどね、MRI検査。

予約取ってるし。

 

しかし、半身だけに症状が出ているのではない、ってのは心強い。

・・・・・痛い箇所が増えてつらいんだけどね~

精神的には楽だわ。

 

煙草もお酒も飲んでないし、比較的健康的な生活をしてると自負しているのに

んな重篤な病気になってたまるものか。

・・・・・やっぱ、あれよね。

年齢的にも更年期障害ってやつじゃないの?

きっと、そうよね~~~・・・・

 

・・・・・・それはそれで、ちょっとイヤだけど、

んでも、まぁ・・・・命にかかわらず、時期が過ぎれば治る症状だとしたら

むしろありがたいわ!

 

・・・え?

右脳と左脳、両方に問題があるんじゃないかって?

 

だ~~か~~~ら!

検査に行きますって~~~~!!!!

はぅ~~~。。。。

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2011年11月28日 (月)

HPVに感染したみたい

昨日は実家へ両親の様子を見に行って、

週末に79歳の誕生日を迎える父にささやかなプレゼントを渡し・・・

父のいつもの健康自慢の話を延々と聞かされーーーー

電車を乗り継いで帰宅し、

ポストを見ると、先日受けた人間ドックの婦人科の検査結果がきていた。

 

その封筒が妙に分厚く、嫌な予感。

とりあえずインスタントコーヒーを入れ、甘いお菓子をつまみながら

封を切ってみた。

 

すると、やはり再検査用の紹介状の封筒が入っていて、

「早急に再検査を受けることをお勧めします」などと書かれている。

よくわからないが、どうも細胞に若干の異常が認められるっぽい。

 

多めにミルクを足したコーヒーをすすりつつ、

なんだか他人事のようでもあり、

ああ、そう言えば、最近貧血でつらくなってきていて、疲れ気味なのも

そういう予兆だったのかな?などと思ってみたり。

 

下手にネットで検索して調べると、余計に不安が増大してしまうかもと危惧しながらも

パソコンの電源を入れる。

HPVという単語を調べて、万一絶望してしまうのが嫌で

近所の婦人科を探してみる。

あれこれ思い悩むよりは「早急に再検査」って言われてるんだから、とにかく受診だ!

 

そこへ次女、帰宅。

 

「え?お母さん、ガンなん?あはは!」

 

おい!そこ笑うところか??心配しやがれ!

 

「入院したら、漫画持って行ってあげるよ!」

 

いやいやいや・・・・

 

「と言うか、ごはん作ってー」

 

おいおい・・・・自分のごはんの心配優先かーーーい!

 

そんなこんなで、夕飯の時間に間に合うように、すぐに出発し、婦人科へ向かう。

夕暮れの冷たい風を切りながら自転車で走る。

 

人間ドックの検査で、しかもかなり初期段階での発見だから、

まぁ・・・悪くてもレーザー切除でなんとかなるだろう。

 

いや、しかしあちこち転移とかしたら?

そうなってくると、やばいかもなぁ・・・・・

 

まだもう少しは生きていたいと思ってるけど、

死んじゃうのかな?

 

でも・・・・・しかたないかなぁ・・・・・

 

 

不思議なくらいの平穏さ。

凪ぐ胸。

 

この呑気さが我ながら謎だった。

もっと決定的な診断が下されたら、焦りや恐ろしさを感じるのだろうか。

それでも、「大丈夫だ」という気持ちが根拠のなさと裏腹に、どっしりと胸の中にいてくれた。

 

 

病院に着いて、診察時間よりも20分も早く来てしまっていたことに気づいた。

診察時間はネットで確認していたはずなのに、

やはり無意識のうちに、焦って、落ち着いてなどなかったのかもしれない。

 

 

「早急に、と書かれていたので、さっき結果が郵便で届いたんですけど

すぐに来ました。」

と言うと、医師は

「ああ・・・・これはね、そんなに急いで来なくてもいいんだよ。」

 

えっ!?

意外な返答に当惑する。

医師は、図解された用紙をパウチしたものを見せ、

もう何十回何百回となく繰り返したであろう患者への説明を始めた。

 

その図は、このサイトに載せられているものとほぼ同じだった。

子宮頸がんの原因 「HPV」

 

要するに、HPVというウイルスはごく一般的なもので、多くの女性が感染する。

しかし、子宮頸がんに至るケースは全体の0.15%であり、

万一、そうなっても早期に対処できるので、手遅れにはならない・・・・ということだった。

 

とりあえず、感染したHPVの型を調べるために検査を受けた。

問題のない型なら安心。

たちの悪い型なら、半年に一回の定期検査で様子見らしい。

(自然と正常に戻ることもあるらしい)

 

・・・・・・・つまり、まぁ

心配しなくて良さそうだ!

 

気になっていた貧血のことを相談したら、お薬ももらえたし。

 

少し前までは引っかからなかった人間ドックも

ここ2~3年前からは、あちこち微妙に引っかかってしまって・・・・

いやぁね~

 

いやぁね~レベルで済んでるから、まだいいのかもなぁ・・・・

 

 

※追記

検査結果出ました!

(-)

なんか、とりあえず大丈夫みたいです。

今後も年に一度の人間ドックで検診、受けます~

貧血も、鉄剤もらってなんとなくシャンとしてきました♪

やれやれ~~

2011年7月14日 (木)

父の入院+母の混乱

先週、父が鼠径ヘルニアの手術を受けた。

開腹ではなく腹腔鏡を使った手術で、痛みの少ない根治術だそう。

おかげで3日の入院で父は無事、退院。

体力も、さほど奪われることなく元気に帰宅できた。

 

一方、母はその間、ショートステイできる施設に入っていた。

私が実家に泊まって、母をみて、通い慣れているデイサービスの施設にそのまま続けて行って、

普段の生活をなるべく変えない方が良いと父に話したのだけど

「大丈夫だから」と固辞され、ケアマネージャーさんに紹介された自宅とは少し離れた場所の施設に母を預けた。

 

入所初日から、母は「ここは嫌だ」と言い、

二日目、私が様子を見に行った際も、しょぼんとした表情で泣いていた。

その夜には、「帰る」と荷物をまとめ始め、エレベーターの前に行き、

職員さんが引きとめてくれたそうだ。

 

それを聞いたのは、三日目、父が手術をした日。

全身麻酔から覚めたばかりの父に相談するのも憚られた。

翌日、四日目、母の状態について父に相談しようと早めに病院へ行った。

 

すると、私が話し始める前に

父は自分の回復ぶりを誇示し、さらに

「体調はいいが、(母のショートステイ入所予定期限の)11日まで(つまり一週間)入院していようと思う。看護婦さんもそれでもいいと言ってくれた」などと言い出す。

・・・・・・う~ん、、、

母が問題なく、機嫌よく施設で過ごしてくれているなら、傷が塞がるまで、ゆっくり入院の延長もいいと思うのだけど・・・ね。

母の状態を話し、なるべく早く退所させ、自宅へ連れ戻したほうがいいと話すと、

 

「・・・わかってくれてると思ったのに。(施設が不満足でも)少しは我慢してくれてもいいはずなのに。

そんなことを言い出すとは・・・・情けない。」

・・・・などと言い出す。

そうじゃないのに、なぁ・・・・・。

母は必死で我慢してるのに。

父が手術で入院していることも、わかっているし

退院後もしばらくは無理をさせられない、とも話していた。

 

ただ・・・・

やはり認知症だから、

時々、状況把握が悪くなる。

「(私は)どこも悪くないのに、どうして入院しているんだろう」と言ったり

「11日まで」という日にちは覚えていても、それが後何日なのか期間の把握がいまいちで

「明後日まで?」と言ったりする。(その時点ではまだ11日は4日後だった。)

 

とにかく表情が悪く、能面のような無表情。

私が冗談を言うと、時折微かに笑うものの

よく涙をこぼした。

 

それでも3時のおやつに出たお饅頭を半分に分けて、私にくれた。

そういう優しさ、人間らしい心配りはちゃんと残してくれているのが嬉しかった。

 

 

自宅に帰宅したら母も落ち着くかと思ったのだけど

環境の急変が続き、状態は悪化。

表情がなく、夕食も「いらない」と拒否。

 

その夜は、私も実家に泊まって家事を手伝ったのだけど

久しぶりに実家で親子で眠るのに、なんだかしっくりと落ち着かない空気。

夜中も何度か母はむくりと上体を起こしてキョロキョロと見回して

「どうした?」と声をかけられては、また黙って横になって眠った。

 

翌日はデイサービスへ行くことになっていて、

迎えの車が来て、いつものスタッフさんが挨拶してくれると、喜んで母は乗り出かけて行った。

よく眠れず、疲れていた父と私はお昼寝して休息。

夕方に帰宅した時も、母は「日常」を取り戻せたのか、笑顔になっていて一安心。

その笑顔を見届けて、私も帰宅したのだけど

翌日の夕方に父からのSOS電話があって、ビックリ。。。。。

 

その日、母はデイサービスは休んで、一日家でゆっくり過ごすことになっていたのだけど

食事を拒否し、硬い表情で押し黙り、

そうかと思えば、父に攻撃的な言葉を言ったりと、激しい荒れ模様で

精神的にホトホト疲れた父が電話をかけてきたのだった。

 

性格の豹変は脳梗塞の再発の前触れではないかと父は心配していた。

(以前がそうだったらしい。)

認知症だと、環境の変化は大きなストレスになる。

知っている人がスタッフにも入所者にも、一人もいない施設で過ごすことがどんなに母にとってつらかったか。

ここにきて、ようやく父も理解できたようで

施設に預けず、私に実家に来てもらい「いつもの生活」を続けさせておけばよかった、と

力を落とした声で言った。

 

父も手術後の病み上がりなのに・・・・あまりに気の毒で、ね。

内心「だから最初に言ったじゃないのー」と思ったが、口には出せず

一時的な精神の乱れだから、徐々に落ち着いてくるだろう、という見通しを話した。

しかし、それは入所していた期間の倍の日数は回復にかかるだろう、とも付け加えた。

 

翌月曜日の朝一番に、父はかかりつけのクリニックに母を連れて行ったが、

異常なしとの診察。

かかりつけの医師の前では、母もしゃんとした様子で、

その帰りにそのままデイサービスへ行くか?と訊ねると「行きたい」との返事。

夕方、デイサービスから帰宅した時もご機嫌だったらしい。

 

「環境の変化が認知症患者には良くない」とは聞いて知っていたけれど

ここまでの影響が出るとは私も思わなかったので驚いた。

 

父の入院(=母の入所)前までは、母の精神状態はとても落ち着いていて

こちらの話している内容も、ちゃんと理解してくれていることが感じられていただけに

「まさか」という思いが父にもあったと思う。

しかし・・・

今回のことで、母は本当に認知症なんだなぁ・・・と感じた。

それでも、落ち着いた生活を過ごしていたら、コミュニケーションはまずまず取れるわけだから、良しとせねばならないのだろう。

 

それにしても・・・・・

父も高齢なわけで、将来的に私が主となって介護しないといけなくなった場合、

一体、どうしたらいいんだろう?

・・・・・と考えても、今の時点でいい方法なんて考えつかない。

その時の、その状況次第なのだ。

 

それよりは、今の、このまだ比較的元気でしっかりしている父と母に

毎日の生活を、できるだけ質良く、暮らしていってほしい。

そのために私が何をできるか・・・なのだ。

2011年4月12日 (火)

たった一夜の過ちが・・・

君に近寄りすぎるとヤバイって、わかってた。

距離を持たなきゃ、やけどしちゃう。

痛い思いは、もう何度も経験済み。
繰り返したくはないのよ。賢くなりたい。

 

なのに、また同じ過ち。
今度の傷は深く、なかなか癒えそうにない。

なんでこんなことになっちゃったんだろ。
寒かったの。
君のぬくもりから離れられなかった。
あたためてほしかったの。

その代償は一生消えない傷になって私に宿る・・・・

・・・ということで
やっちゃいました。。。低温やけど。

今年の冬は寒かったでしょう?
だからね、湯たんぽを買ったんです。エコでしょ?

気をつけて使ってたんです。
しかし・・・・

たった一夜の過ちで・・・
ちょっとした油断で・・・ こんなことに。

やけどしたのは1月初旬。
もう3ヶ月も経つのに、まだ治りません。。。
年齢と共に治癒力が・・・落ちてますわねぇ、、、

もう3ヶ月も皮膚科に通い続けているのです。
週1~2回。
既に、治療費や薬代に万単位のお金がーーー

更には、皮膚移植の可能性も。。。ぅぅぅ、、、

おそろしや~~~

たった・・・たった一夜の油断が・・ねぇ、、、

2010年10月 6日 (水)

したことないのにテニス肘、、、

3週間ほど前から右ひじが痛く、

「あら?どこかでぶつけたかしら・・・・ ま、そのうち治るかー」と放置していたところ

いつまでも痛みが続き、重い物が持てなくなってきて

日常生活に支障が出始めた。

 

まさかとは思うけれど、骨に小さなヒビでも入っているのかしら・・??と

整形外科へ行き、レントゲンを撮ってもらったが、骨には異常なし。

 

先生の口から出た病名は、なんと「テニス肘」!

 

・・・・・・いやいやいや、テニスなんてしたことないのに!

あ、

一回だけ授業でやったけど、初心者同士だったので

「あ~、ごめーーん!あああー!」とボールを拾いに行くだけで一時間が過ぎ、単位はもらえた、というお粗末なテニスのみ。

 

「スポーツ以外でも、手首を上に上げた状態のまま長くいる日常生活の動作も原因になるんですよ。」

「・・・・・はあ。」

「例えば・・・・パソコンとか、家事とか。」

 

・・・・・・・ぅ!パソコン!?

いやいや・・でも、アームレストを置いて対策してるはずなんだけどな~~~

 

あ~、もしかして・・・・

日傘かな?

この夏、すごく暑かったので、毎日、外出時には必ず日傘をさしていた。

そうして、バッグやスーパーの買い物袋も持っていた・・・・・。

その時に、確かに手首を上に上げた状態で負担のかかる重量の荷物を持っていた・・・・

 

「治療はですねー

 腕全体にぬり薬(バンテリンみたいなの)を塗ってもらって、シップを貼ってください。

 ちょっと長くかかりますが、治りますから。」

 

あ、よかった!治るんだ。

 

右手で、物をなるべく持たないよう、

手首を上げないよう意識し、

塗り薬、貼り薬を続けたところ、ずいぶん痛みがましになってきた。

この調子で、早めに治したい。

 

と、思っていたらーーー

今朝、起きたら・・・・・今度は、左肘に痛みが、、、、、

まさかの展開、、、

両手は勘弁!マジ勘弁!!

 

だから、今日は両手の肘にシップ、貼ってます。。。

なんだか哀しい~~~~~

2010年10月 5日 (火)

動脈硬化は怖い・・・CMも怖い・・・

シオノギ製薬の動脈硬化、啓発CMが怖い。

(↑CM動画見れます)

 

通勤電車の車中で突然、倒れ込む会社員。

その背中には、詰まった血管の断面図が貼られている・・・・。

思わず立ち上がったおじさんの背中に貼られている血管の図も、実は詰まっていてーーー

 

♪ピィ~~~ヤという独特の歌も、実に不吉で怖さを増している。。。。

 

主人が、このCMを「怖いよなぁ?怖いと思えへん?」と妙に繰り返し言い、

「♪ピィ~~~ヤ♪」と、しつこく歌うので

「やめてよ!」と言ってた週末。

 

昨夜、帰宅するなり、玄関先で

「お通夜行ってきた。塩。

・・・・いやなお葬式だった。」

 

聞くと、2年前から同じ部署で働いていた同年代の同僚が

心筋梗塞で急死されたとのことーーーー

・・・それは・・・・・・つらいお通夜ね、、、、、

 

現役バリバリのよく働く優秀な人で

土曜も休日出勤をしていて、

「体調が悪い」と早めに帰り、・・・・そしてそのまま。。。。らしい。

 

つい先日、その方から「飲みに行きましょう」と誘いの電話をもらって、

その時は主人が都合悪く、断ったんだそう・・・・。

お子さんも、うちと同じ高校生・・・・・

奥さん、お子さんの悲しみは大変なものだろう・・・・・・。

 

今まで元気だった人が急にーーー

身近な同僚を失って、かなりショックな様子の主人。

 

「・・・・・心筋梗塞か、、、動脈硬化かな・・・・怖いね。」

「怖いよ!もう冗談で言ってられないよ・・・!」

 

だ・・・だね、

ピィ~~ヤって歌ってたのは、あなただけどねっっっ

 

その後、主人はネットで「動脈硬化」「コレステロール値」を調べ、

コレステロールを下げる食品選びの紹介を真剣に見ていた。

 

野菜は毎日、十分摂ってると思うし、

一応、味付けも濃くないはず・・・・。

十代の子どもがいるので、多少カロリーのある献立にはなっているけれど

ムチャクチャ高カロリーにはしてないつもりなんだけどなー

ん~~、もうちょっと意識してお豆腐とか増やしてみようかな。

 

それに、主人は駅まで毎日歩いてるし。(自転車に乗らないなんて・・・えらい!!)

休みの日も、意識して歩いて散歩してるし。(私も一緒に歩けばいいんだけどね~~)

 

とにかく、体は大事にしてもらわないと・・・ね。

お仕事に打ち込む姿は素敵だけど、

だけど、退職後の第二の人生も楽しみたいじゃない。

それ、私も期待してるんだってば。

旅行とか、行きたいし!!

 

来月は人間ドックもある。

体には気をつけなきゃ・・・ね。

~ようこそ~

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